荷物の中身

「どうしたんだ?」


 部屋の前で立ち止まっているアリサに要は問いかけるが、アリサは少しの沈黙の後にいつも通りの表情で振り返る。


「なんでもない。入ろっか」

「あ、ああ」


 さっさと部屋に入って荷物袋を投げ出すアリサに首を傾げながら要も部屋に入るが、アリサは要に「ドア閉めて」と言うと、袋を開けて中身をポイポイと投げるように取り出し始める。


「あ、カンヌキもね」

「カンヌキって……あ、これか」


 部屋の隅に置いてあった板らしきものをゴトリとドアと壁についている金具に通すと成る程、押そうが引こうがビクともしない。

 しないが……思ったのと何か違うと要は少し微妙な気分になる。


「いや、頑丈なのかもしれないけどさ。もうちょっとハイテクなカンヌキがあるんじゃ……」

「旅人向けの宿なんて、大体そうだよ。見た目で頑丈そうなのを皆好むからね」


 どれだけ他人を信用していないんだろうという話にも聞こえるが、そればかりというわけでもない。

 旅人というものは言葉通り旅をする人であり、その道中は安全の確約されたものではない。

 野生動物、モンスター、盗賊、自然災害……旅人を脅かすものは両手では数え切れないが、その中でも一番多く一番警戒されているのが「物盗り」である。

 寝ている間に荷物を根こそぎやられてしまったという話も多く、命まで奪われてしまう事も珍しくは無い。

 故に、旅の間は満足に寝られないという旅人も多く……寝る事に恐怖さえ覚える者もいるという。

 それ故に旅人は大抵が過剰なほどに分かりやすい「安全」を求めるし、宿屋もそれを理解しているので「安全」をアピールした。

 一昔前は、安全をアピールする呼び込みで一杯であったものだ。

 ……が、その過剰な「安全」が基準になってきた現在では再び「独自性」で差をつけるようになってきている。


「ま、そのせいか新参の宿屋はチャチな鍵だけだったりするけどね。そういうとこもすぐにこういう風になるってわけ」

「へえ……で、何やってるんだ?」

「ん? 準備」


 床に散らばった荷物を幾つかの山に分けているアリサだが、細々とした物は多いが全体としての量は少ない。

 何かの小道具類、小さな鍋、要に渡したもののようなナイフ、服や下着。

 最後に見えた下着から目をそらそうとしつつ、要はしゃがんで鍋をつつく。


「どしたの、欲しいの?」

「いや、欲しくは無いけど。意外と荷物少ないんだなって」


 全財産と言う割には、あまりにもささやかにすぎないだろうか。

 そんな要の表情を察したか、アリサは軽く肩をすくめる。


「そりゃあ、大荷物抱えてたらいざという時に動けないし。必要最低限に絞るのは当然の知恵だよ?」

「でも、この鍋とか……これ一つで足りるのか?」

「足りるよ? ていうか、旅の途中では基本的に最低限しか食べないし」


 なにしろ、いつ何があるか分からないのだ。

 食料が突然切れても店に買いにいけるわけでもなく、食べられるものがそこら辺に都合よく転がっている事も無い。

 狩りも採取もままならない状況に追い込まれることなど、旅の最中では充分に起こりうる事だし……冒険者ならば当然想定すべき事態だ。

 一人旅で大鍋を使うような事態など当然あるはずもなく、普通の鍋でも大き過ぎる。

 されど鍋一つあれば何でも出来る為、小さな鍋が旅人の必需品となるわけだ。


「ま、その辺についてはそのうち教えてあげるよ。えーと……石鹸を買い足して、水袋と……」

「石鹸……そういえば風呂とかもあったんだよな」


 要の呟きにアリサはきょとんとした顔をして要を見て、首を傾げてみせる。


「そりゃあるでしょ」

「まあ、そうなんだけど……なんていうかこう、風呂は貴族の家とかだけで、庶民はお湯で身体を拭くだけとか……」

「何その貴族。庶民に串刺しにされるんじゃないの?」


 アリサは「ぶすーっ」と冗談めかして言いながら要の額を指で突く。

 確かにお風呂はお金のかかる設備ではあるが、なにも貴族だけの特権ではない。

 街には必ず共同浴場があり、少しの銅貨を払えば誰でも利用できるようになっている。

 石鹸も旅の必需品であり、安いわけではないが持たない者は居ない。

 

「ルヴェルレヴェルの神殿がその辺厳しいからね。新しい街で最初に出来る施設はお風呂だって言われるくらいだよ?」

「ルヴェルレヴェル?」

「生と死の双子神。獣の如き生活を許す者はルヴェルレヴェルの怒りに触れてどうのこうのっていう風に教えててね。平たく言えば一般庶民が可能な限り清潔さを保ったり、上流階級な皆様方が庶民がそう出来るように努力することが必要だってこと」


 風呂や石鹸の普及もその一環であるのだが、まあそういう事情で風呂は庶民の権利として存在しているわけである。


「昨日は結局お風呂入れなかったし、今日はゆっくり入りたいけど……」


 と、そこでアリサは要を見つめるようにじっと視線を向ける。


「な、なんだよ」

「その弓、どうしようねえ」

「うっ」


 その弓がどの弓かといえば、要の黄金弓のことである。

 煌びやかに光る黄金弓は明らかに高級品であり、尚且つ高価な魔法の品である。

 宿に置いておいてもいいのだが、何かがあったらと考えるとアリサはお風呂どころではない。

 宿にお風呂があればどうにでもなったのだが、共同浴場となればそうもいかない。


「ど、どっか預けるところとかないの?」

「一応貴重品は浴場で預けられるけど……売れば遊んで暮らせるかもしれない魔法の品を持ち逃げしようとする奴が居ないかは疑問かなあ」

「で、でもさ。魔法の品を持ってない奴が他にもいないわけじゃないんだし、何か方法が」

「あるけど。まあ、それはそれで心配なんだけど……仕方ないか」


 アリサの言葉に要は疑問符を浮かべるが……アリサの中ではそれで解決済らしく「じゃ、行こうか」と言って立ち上がる。


「まずは服屋だね。その格好をどうにかしないと浴場でも目をつけられるし」


 そう言うとアリサは幾つかの小道具を入れた袋を持ってドアのカンヌキを外し始めるのだった。

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