金のトサカ亭
「おとーさんっ、お客様だよー!」
「おうっ、よくやったアンジェ!」
少女に連れられるまま来た二階建ての石造りの宿屋……「金のトサカ亭」にやってきた要達だったが、そんな二人を迎えたのはビリビリと響くような男の大声だった。
思わず耳を塞いだアリサとあまりの大声にクラクラして額を押さえた要だったが……その様子を見て、アンジェが「もうっ」と頬を膨らませる。
「お父さんってば、もうちょっと声抑えてって言ったでしょ?」
「ん? お、おう。すまん」
「ごめんなさい、お客様。大丈夫ですか?」
アリサが「平気」と答えると、少女……アンジェは「よかった」と言って笑う。
三つ編みにした茶色の髪が可愛らしいアンジェは笑顔も実に可愛らしく……その純真な輝きに、ちょっとスレているアリサは気圧されたようにそっと後ろに下がる。
丁度年頃もアリサと同じ程度に見えるが、育つ環境が違うとこんなにも違うのだろうか。
特に意味は無い……そう、特に意味は無いがアリサがチラリと背後の要を振り返ると、照れたような笑顔をしているのが意味も無く気に入らない。
気に入らないので足を踏んづけると「いてえっ」という叫び声が聞こえてきて実にすっとする。
「で、えーと。そういえばこの宿の説明聞いてなかったけど、二人で幾ら? 部屋は鍵とカンヌキ、両方ある? あとお風呂があると嬉しいんだけど」
「お部屋は鍵もカンヌキもあります。万が一の時の為に宿側でも合鍵を保管してますが、他の誰かにお渡しすることはありません。お風呂はないので、申し訳ありませんが共同浴場のご利用をお願いします。あ、朝食はついてます。お値段ですが……お二人様で30銀貨でいかがですか?」
さらりと説明しきるアンジェに要は思わず「おおっ」という声をあげるが、アリサは難しい顔で顎に手を当てて考え込む。
何を悩んでいるのかと要は少し疑問に思うが、すぐに値段の事だと気付く。
貨幣価値については分からないままだが、そんなに高いのだろうか?
「30銀貨かあ……結構取るね。王都の宿じゃあるまいし、その値段はちょっと強気すぎじゃない? 二人で20銀貨でどう?」
「30銀貨です」
「22」
「30銀貨です」
「カナメ、別の宿探そっか」
身を翻すアリサの服をアンジェが掴み、「28」と告げる。
「……24」
「26でなら」
「なら25にしない?」
「しません。26でギリギリです」
「そこをなんとか」
「なりません」
アリサとアンジェはしばらく睨みあった後……アリサが「じゃあ、26で」と答えて金貨を1枚アンジェの手の平に乗せる。
「王国金貨ですか。なら74銀貨のお返しになりますね。王国銀貨でいいですよね?」
「統一銀貨でもいいよ?」
「あはは、ご冗談を!」
要には今のやり取りのどの辺りが面白かったのか分からなかったのだが……とりあえず曖昧な笑みを浮かべて誤魔化してみせる。
しばらくするとアンジェが袋を持ってきてアリサに渡し……アリサはすぐにその袋の中身を机の上にザラザラと出してしまう。
「えーと……はい、74銀貨。王国銀貨で確かに」
「お、おいアリサ。それって失礼じゃないのか?」
「あはは、悪い宿屋だと此処で誤魔化しますからね。あんまり大きい声じゃ言えませんけど、連合銀貨の中でも特にアレなのを混ぜる宿屋もあって……」
やはり要には話のポイントがイマイチ分からないが、アリサがやっているのが「普通」であることだけはなんとか理解できた。
まあ、会計の時にお釣りを数えているようなものだから、普通の光景ではあるのだろうか。
「じゃあ、鍵をお渡ししますね。二階の一番奥の部屋をご利用ください」
そう言ってアンジェは奥のカウンターでずっとニコニコしながら見ていた父親の投げてきた鍵をキャッチし、アリサに手渡す。
「ごゆっくりどうぞ。共同浴場は中心街に近いところにありますので」
「……ん。じゃカナメ、いこっか」
「え? ああ」
何か重要な見落としがあるような気がしたが、要はアリサに続けて奥の階段を上がり……二階の一番奥の部屋の前に辿り着いた所で、「いや、ちょっと待ってくれ」と声をあげる。
「ん、何? もう料金払ったからキャンセルとかしたくないんだけど」
「いや、そうじゃなくて……一部屋?」
「そうだよ?」
何を言ってるんだと言いたげなアリサの表情に、要は「いやいや」と手をパタパタと振る。
「それって一緒の部屋ってことだろ?」
「うん」
「……問題あるんじゃないか?」
「どこに?」
さっきは黒犬の尻尾亭の呼び込みにあんなに拒否反応示したじゃないか、と言いたい要だが……それを言うと「まだ引きずってるのか」と言われそうで安いプライドがどうにも邪魔をする。
一方のアリサとしては、要を一人放っておいてはいけないという保護者感覚にも似た義務感がある。
何しろ「無限回廊を通ってきた、レクスオールの弓らしきものを持っている」人物だ。
色んな勢力に狙われる理由は盛りだくさんだし、いまいち一人にするのは心配な世間知らずさがある。
アリサとて、先程の件を引きずっていないわけではないが……ベッドは2つあるはずだから何の問題も無い。
「ほら、入るよ」
アリサはそう言って鍵の開いた扉をガチャリと開き……部屋の両隅に一人用のベッドがそれぞれ鎮座しているのを見て……自分でも意識しないうちに、ほっと息を吐いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます