レシェドの街にて
「……あれ?」
門をくぐって、少し歩いて……要は突然、そんな声をあげる。
「どしたの?」
「なんか……少し元気になってきた、かも」
「あー」
要の言葉にアリサは「そういうことか」と納得したような声をあげる。
「それはね、カナメの魔力バランスが整ってきたからだよ。息切れが落ち着くのと同じ感じって言えば分かる?」
魔法として魔力を身体から放出することを覚えた人間が一番最初に覚える「魔法」が、身体の僅かばかりの強化だ。
それは身体から漏れ出す僅かな魔力が身体に纏わりつき結果として肉体を強化する現象であり、その理由としてはアリサが要に森で説明した説が一般的である。
この場合の「強化」というのは一般的には本当に僅かではあるのだが、平たく言えば「元気を維持する力」である。
故に要が歩いている時には魔力が安定していたものの、要が「急に全力かつ限界を超える勢いで走った」ことで魔力の消費量を安定時に戻す為に増やそうとして体内で荒れ狂い、結果として疲労を早めてしまう……といったような現象が起こったということである。
「一言で言えば、修行が足りないってことかな。身体を鍛えて魔力の使い方も鍛えないとね、カナメ」
「うっ……努力する」
「うん、いい心がけねー」
あはは、と笑うアリサに要はちょっとだけ悔しそうな顔をするが……そこでふと立ち止まり、門を振り返る。
「……そういえば、特に何もなかったな」
「なにが?」
「いや、ほら。こういうのって「身分証見せろ。ないなら保証金払え」ってのがお約束かなーって」
所謂異世界のお約束であるが、更に定番で言えば冒険者ギルドを案内されたりして冒険者カードとかを発行してもらったりというのも「お約束」である。
……が、アリサは要を妙なものを見る目で見るばかりだ。
「身分証って。たかが一般庶民の身分を証明する必要がどこにあるの?」
「え? ほら、犯罪歴がないか確かめたり何かあった時の為にー、とか」
「犯罪歴がありますなんて分かる身分証を何処の誰が持ち歩くのよ。身分証なんてものが必要なのは、証明する必要のある場所に入る人だけだよ?」
言われて要は「ぐう」と唸ってしまう。
まあ、確かに身分証とはそういうものだ。だが、なんかロマンが足りない気がしてしまうのだ。
「大体、その証明書の信頼性を誰が証明してくれるの?」
「え、そりゃ発行したところが……」
「偽造されたらどうするの。同じ組織の人間連れてきたって偽造と見抜けるか分からないと思うけど」
発行するならば当然発行記録をその組織は残すだろうが、それを全ての地域で共有するのに時間が相当かかるだろうし、それに遅延なり欠損があった場合はどうするのか?
そして何より……持っている人間が「本人」であると誰が証明してくれるのか。
もし、もしもだ。盗賊が奪った荷物にその身分証が入っていたら?
一般庶民に発行するくらい乱造された証明書の本人確認ほど気の遠くなる照合作業はないだろう。
「そ、それは……何か魔法で本人証明できるとか」
「……うーん。そういう魔法がないとは断言しないけど。そんな高度そうな魔法をわざわざ庶民の為に使うかは疑問かなあ」
貴族とか王族の何かにはそういう魔法使ってるかもね、と言ってアリサは冗談めかして笑い……要はそういうものかと肩を落とす。
中々せちがらい現実が見えてしまったが……それなら、と新たな疑問がわいてくる。
「なら、あの兵士の人達は何してるんだ?」
「正確には兵士じゃなくて自警団ね。何してるってそりゃ、無条件に誰でも通していいってわけじゃないでしょ?」
明らかに盗賊団です、って連中とかモンスターとかね……とアリサが答え、要はそれもそうかと納得する。
そういうあからさまな連中以外は通ってしまうということだが、まあ仕方がないのだろう。
一々確かめて尋問していては何日かかっても終わらないのは間違いない。
「で、えーと……服買うんだっけ?」
「それもそうだけど、まずは宿屋かな。丁度この辺りは門の近くだから」
「お姉さん、宿をお探しですか!?」
アリサの言葉を遮るように、アリサ達の眼前に少年が一人現れる。
「宿をお探しなら、銀の髭亭! レシェドの街一番の居心地をお約束しますよ!」
「いやいや、緑の明星亭が一番さ! なにしろ食事がいい。この地方名物のロッコ豚を使った自慢の」
「どけどけ、よく見ろ。似合いの若夫婦さんだろう! 黒犬の尻尾亭なら誰にも煩わされない壁の厚さが」
「
囲まれそうになった瞬間にアリサは要を抱えて低めに跳び、そのまま離れた場所に着地して路地裏にさっと隠れる。
そして逃げた客を追うほど客引きも酔狂ではなく、次の客に向かっていき……その様子を見て、アリサはふうと溜息をつく。
「……この辺りは門の近くだから、ああいう客引きがいっぱいいるの」
「どれにするんだ?」
「黒犬の尻尾亭以外」
即答するアリサに要は思わず苦笑する。
「そんなに夫婦って言われたの気に入らなかったのか?」
要としては少しばかりショックなような残念なような……そんな何ともいえない微妙な感覚があるのだが……アリサはチラリと要のほうへと振り返ると、すぐにプイと顔を背ける。
「そうじゃなくてさ。ああ言われて黒犬の尻尾亭に泊まるってことはさ」
「ああ」
「……そういう事目的で泊まったみたいじゃない」
「そういう……あっ」
若夫婦。壁が厚い。誰にも煩わされない。
つまり、そういう事である。
泊まって一晩過ごすということは、「そういう夜」だったと思われても仕方ない。
何しろ、それが売りになるような宿なのだ。
「あー……そうか。ああ、そりゃ、うん」
思わず挙動不審になる要だが、真っ赤な顔は誤魔化しようもない。
「そ、それじゃあ黒犬の尻尾亭以外……だな」
「そうよ、それ以外よ。それ以外なら」
「あ、なら金のトサカ亭はいかがですか?」
そう言ってひょっこりと路地裏に顔を出した少女に……アリサと要は同時に奇声をあげて飛びのくのだった。
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