森を抜けて

 それから、どれほど歩いただろうか。

 木々はようやく途切れ、要達は草原のような場所に辿り着いた。

 村に居た時は夜だったというのに、すっかり日は高く昇る……どころか傾きかけている。

 思えば随分歩いたものだが、要は「疲れた」という感覚こそあれど「歩けない」という程でもなかった。

 むしろアリサのほうが疲れを滲ませており……だがそれは、ここにくるまでアリサ頼りであったことを思えば仕方ないだろうか。


「ふー……ようやくかあ」

「あそこ、なんだよな?」


 アリサの視線の先には大きな石壁があり、恐らくはそこが街なのだろうと要は想像する。


「ま、そゆこと……と、そうだ」


 アリサは要を見て、ふと気付いたように背中の袋を下ろして中をごそごそとやり始め……中から厚めの生地の何かを取り出して要に押し付ける。


「はい、これ着て」

「え……何だよ、これ?」


 受け取った要がそれを広げてみると、フードつきのコートのようなマントのような……そんな感じの何かだった。

 深緑色の染料で染められたそれは重たげではあるが、いかにも頑丈そうで……うっすらと奇妙な何かを感じられた。


「まあ、一言で言えば旅用のマント。便利だから買ったんだけど……カナメの変な服を隠すには丁度いいし」

「変な服って……」


 別に普通の格好のはずだのだが、まあ異世界風ではないだろうな……と要は思いなおす。

 試しに羽織ってみると、アリサのサイズなのでどうにも不恰好だ。


「ん、んんー……まあ、いい……かな?」

「まあ、アリサがいいと思うんならいいけどさ……」


 まあ、アリサの言うとおり元の格好のままでいるよりはマシなのだろうか。

 要はそう思いながら、試しにフードを被ってみる。


「それにも清浄の魔法かかってるから、一応綺麗なはずだけど」

「へえ、そうなのか」


 となると、先程感じた「奇妙な何か」が魔力だったのだろうか。

 要が今持っている弓からも「何か」は感じるが、それとはまた微妙に違う感覚だな……と要が思っていると、そんな要を見ながらアリサが「うーん」と唸っていた。

 

「一応連合風ってことで誤魔化しはきくかもしれないけど、街に着いたら買い換えないとね。ただでさえその弓の問題もあるし……」


 要が背負う黄金弓を見て、アリサはむうと唸る。

 結局手頃な布が無かったのでそのままだったのだが、如何にも悪目立ちする弓だ。

 感じる魔力は並だが、魔法の品というものは魔法の品というだけで普通の物の数倍から数十倍、場合によっては数千倍から数万倍と天井知らずに跳ね上がる。

 要の弓にかかっているのがどんな魔法かまではアリサには判別はつかないが、いかにも好事家が飛びつきそうな弓ではある。

 ひとまず「レクスオールの弓とされている弓」とは大分形が違うので、そっち方面での心配はあまりない。


「とりあえず家名は名乗らない方がいいと思う。出身地探られる原因になるしね。あとは……んー、記憶が無いってことでいけるかな?」

「あー、記憶喪失ってやつか。定番だな」

「定番?」


 アリサが眉をひそめるが、言った要としても「お約束」をどう説明したものか分からない。

 適当に咳払いで誤魔化すと、アリサは不審そうな目で要を見ながらも「まあ、いいけど」と流してくれる。


「じゃ、行こうか。もうひとっ走りだ」

「え……まだ走るのか?」

「当然。慌てて知らせにきた善意の報告者なんだからね、私達は」


 そう言うとアリサは今までで一番の速さで走り出し、要もその後を慌てて追う。

 必死の全力で走っても突き放されそうになるアリサの速さに要は置いていかれてたまるかと全力で走り……それでもまだ追いつかない。

 何処まで走るのかと弱気な事を考えてしまう要だが、すぐに「目的地」は理解できる。

 大きな壁の中にある、穴。

 いや……開かれた大きな門。

 金属鎧を着た兵士らしき男達が立っているその場所こそが、アリサの目指していた場所。

 整備された街道を行き交う人々が何事かとアリサに視線を向けるが、アリサは気にした様子も無い。

 如何にも焦燥した様子でよろよろと兵士の前に座り込む姿は俗に言う「可憐な少女」のようで、しかし要には突っ込む気力も無い。

 ようやっと追いついて声も無く倒れこんだ要と、息を切らせたアリサの姿に兵士は「ど、どうした」と戸惑った声をあげ……何事かと立ち止まる旅人達に「さっさと行け」と怒鳴りつける。

 そうして野次馬が散らばっていくと、兵士はしゃがんでアリサに「大丈夫か、お嬢ちゃん」と声をかけ……その腕を、アリサが目に涙を浮かべながら掴む。


「け、決壊が……決壊が起こりました!」

「んなっ……!」


 慌ててアリサの口を塞いだ兵士は辺りに野次馬がたまっていないことを確認し……小声で「確かか?」とアリサに問いかける。

 この兵士の男は騎士団所属ではなく町の自警団の所属なのだが、決壊ともなれば町の存亡にも関わってくる事態にもなりうる。


「プシェル村に……モンスターの群れが……っ」


 アリサの途切れ途切れの言葉に兵士は想像しごくりと唾を飲み……近くに居た同僚の兵士が「そういえば」と呟く。


「昨日夜勤の連中が言ってたアレってまさか……」

「アレって、あの酔っ払いの戯言みたいなやつか? いや、だが……」

「何か、あったん、ですか?」


 アリサが上目遣いで問いかけると、兵士の男達は顔を赤くしてブルブルと首を横に振る。


「ああ、いやいやいや! なんでもねえ! 大変だったな、もう大丈夫だ! おいリョース! 今すぐ騎士団の方々の所に報告に行って来い! あ、お嬢さん。冒険者のようだが、お名前を……」

「アリサです。そこで倒れてるのはカナメ」


 兵士はそこで初めて要に気付いたかのように視線を送ると、アリサに向き直って笑いかける。


「そうか。場合によっては詳しい事情を聞くこともあるかもしれねえ。そんときゃ、この町の冒険者ギルドに伝言しとく。今日はゆっくりと休むといいぜ」

「はい、ありがとうございます」

「おうよ」


 アリサは兵士に微笑みかけると、倒れた要を優しく揺する。


「ほら、起きてカナメ。もう少しだから」

「……おう」

「情けねえなあ、兄ちゃん!」


 兵士達に笑われながらカナメはよろよろと立ち上がるが……突っ込みを入れる気力などあるはずもなく、アリサに手を引かれて門を通過した。

 何はともあれ、ようやく街についたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る