見つけたものは

「ほ、骨……人間の?」

「そうだね」


 森の中に転がる骨。その光景に全く動揺した様子も見せないアリサに、要は「異世界」を実感する。

 あの村でも実感したはずの「死」の光景とは、まるで様相の違う「死」。

 鮮烈で……ある意味でドラマチックであったアレとは違う、あまりにも無造作な死。

 それが日常である事を思わせるアリサの所作に、要は黙って……しかし、アリサの後について骨に近づいていく。

 骨は、全部で三人分。

 ぼろぼろの革鎧をつけているものと、何もつけていないもの、そして金属製の胸鎧をつけているもの。

 どれも綺麗に骨になっているのがみてとれる。


「白骨化……ってのは結構時間かかるんだよな? てことは、随分前に此処で死んだのかな」

「んー……」


 要の言葉にアリサは明確な答えは返さず、地面に刺さった剣に視線を向ける。

 要もアリサの視線の先を追うように剣を見て、その剣が光を受け煌いている事に気付く。

 野外で放置した金属が錆びるのは道理であり、もし死体が白骨化するほどの時間があったのなら……当然、剣も程度は分からないが錆び付いている筈だ。

 だが美しく鉄色に輝くこの剣を見る限り、時間がたっているようには思えない。

 そうすると白骨化の説明がつかないのだが……。


「ん? って、うおっ!?」


 悩んでいた要は、いつの間にかアリサが要の顔を覗きこんでいたことに気付いて思わず後ろに下がってしまう。

 バクバクとなる心臓の鼓動を押さえようと胸に手を当てながら、要は「な、なんだよ」という言葉を絞り出す。


「いや、真面目に考えてるみたいだったから。言ってみなさいよ。カナメはこの状況、どう思う?」

「どう、って……」


 転がった複数の骨。

 綺麗な剣。金属鎧もパッと見た感じではそれなりに綺麗だ。

 白骨化には時間がかかるが、そうなると錆びるはずの金属武具は錆びていない。

 骨のモンスター……という答えが浮かびかけたが、「これ」がそんなものであるならばアリサがこうも余裕を見せているはずも無いと思いなおす。


「……剣と鎧が、錆びない金属を使っている?」

「普通の鉄製だね」

「うっ」


 即座に否定されて要は黙り込むが……アリサは「でも」と続ける。


「錆びにくいようにする魔法はあるよ。血とか油とかの簡単な汚れを綺麗にする「清浄」の魔法なんだけど……カナメに渡したナイフにもかかってるよ」


 その魔法をかければ、当然武具は錆びにくくなる。つまり「時間がたっても錆びていない」理屈の答えになりうるのだが……。


「でも、この剣からは魔力を感じない。普通の剣だね」

「魔力……」

「カナメも分かるようになってるはずだけど、まだ難しいかな? とにかく、その可能性はないってこと」


 ならば、おかしいのは剣ではなく骨ということなのだろうか。

 要は恐る恐る骨に近づき、「触らないようにね」というアリサの言葉を受けながら骨をじっくりと見回す。

 骨の着ている革鎧はボロボロで、あちこちに穴が開いていたりと酷い状況である。

 一体どういう戦いをすればこうなるのだろうかと要は想像し……「あれっ」と声をあげる。

 おかしい。この革鎧の壊れ方は、何かおかしい。

 だが何がおかしいのか明確に言葉にできず、要は骨へと視線を移す。

 恐ろしかった骨も慣れてしまうと骨格標本を見る感覚にでもなるのか然程恐ろしくは無く、先程は気付かなかったモノに要は気付く。


「……骨に、傷……? なんだこれ、引っかいたっていうか削ったっていうか……」


 骨についた無数の引っかいたような傷。

 革鎧の損傷も何かに貫かれたといえないこともないが、何か違和感がある。

 骨の傷もよく見ればあちこちにあり、他の二つの骨にも似たような傷がついているのが分かる。

 これは、まさかと要はその可能性に思い当たる。


「食べられた、のか……? でも、何に?」

「ヴーンだろうね」


 ヴーン。あの気味の悪い虫妖精の姿を思い浮かべ、要は「うえっ」と声を漏らす。


「あれが、これをやったのか? ていうかヴーンって人を……」

「食べるよ。で、こいつらはヴーンにしてやられた何処かの誰かって事だけど」

「冒険者じゃないのか?」

「へえ、なんで?」


 面白がるようなアリサの問いかけに、要は「装備だよ」と答えてみせる。


「だって剣だけならともかく、盾や鉄の鎧なんてかさばる物、護身用には重すぎるんじゃないのか?」

「そうかなあ。ひょっとしたら自警団とかがあって、そいつ等がつけていたものかもよ?」

 

 ニヤニヤと笑うアリサに要は「うっ」と唸って黙り込むが、アリサはそこでパンと手を叩く。


「まあ、私の意見も同じだけどね。こいつらはたぶん冒険者。それもたぶん、あの村に関わってた……ダンジョンを隠蔽してた馬鹿共だろうね」


 村長曰く、冒険者達は突然村に来なくなったという。

 その原因がアリサ達が村に来る途中で遭遇したヴーン達にあったとすれば……ここは恐らく、そのヴーン達の狩場であり巣であったのかもしれない。


「だ、ダンジョンを隠蔽!? それにアリサは一人でヴーンにあんなに簡単に」

「私だって不意を突かれたらアッサリ死ぬよ、カナメ。ヴーンはしっかり対処すればザコだけど、舐めてかかったらうっかり殺されるかもしれない相手なの。ま、全ての戦いにいえることだけどね」


 恐らくは、この冒険者達はその注意を怠った。

 どういうつもりだったかは知らないが「たかがヴーン」と侮った結果がこれなのだろう。

 ダンジョンを隠蔽して荒稼ぎしようとする悪知恵と……恐らくはそこそこの実力があっても、「たかがヴーン」相手にそうなる。

 それが、冒険者という稼業なのだ。


「観察力は大事だよ、カナメ。「よく見る」ことさえ出来れば、危険の一割くらいは回避できる。それが出来ないなら、カナメもいつか「そう」なる」


 行くよ、と言ってアリサは身を翻す。

 要には「たぶん」と言ったが……この冒険者達はほぼ間違いなく、ダンジョンの決壊に関与した大馬鹿者達だ。

 そんな連中に祈る言葉をアリサは持たず。

 されど、貶す言葉もアリサは持たない。


「さっさと森を抜けないとね。あまり手間取るとモンスター共がまた来るかも」


 その言葉に慌てたように足を速める要にクスリと笑いながら、アリサは再び先導するように森の中を進み始めた。

 

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