赤い夜の終わりに

 天を貫く光の矢。

 そうとしか表現できぬものがドラゴンを貫き、空高く昇っていく。

 アリサはその光景を呆然とした顔で眺め……地上へと落ちて行くドラゴンの残骸に「戦いの終わり」をようやく自覚する。

 ドラゴンのせいで村を襲っていたモンスター達は焼け死んだり逃げたりしたが、しばらく此処には戻ってこないだろう。

 決壊の影響は放置すればますます酷くなるだろうが、こうなってはアリサ達ではなく騎士団の仕事である。

 対処するのが人の道と事情を知らぬ者は言うかもしれないが、これ以上下手に関わればいらぬ詮索をしてくるのが騎士団という連中である。

 そうならなくても今回に限っては、事情の説明があまりにも難し過ぎる。

 レッドドラゴンを一撃で倒した弓のことなど、どう説明すれば良いものか。

 そう考えアリサは要に視線を送り……要の様子がおかしいことに気付き慌てて駆け寄る。


「よ……っと」


 ふらふらとしていた要の身体はぐらりと傾き……慌てて掴んだアリサに引き寄せられて、その胸に飛び込むように倒れこむ。

 完全に意識を無くしている要の顔色は少し青く、初めて魔法を使った際に起こる「魔力酔い」の症状であることをアリサは確信する。

 だが、通常であればこんな意識を無くすような事態にはならない。

 精々がふらついたりする程度なのだが……先程要が放ったものを思えば、こうなってしまうのも分からないでもない。

 魔力酔いは今まで身体の中を巡回するだけだった魔力を「外」に流す事によるバランスの乱れ……と言われているが、その影響が大きすぎたのだろう。

 アリサは要がしっかりと握っている弓に視線を送り、ゴクリと唾を飲み込む。

 それは、要が語った通りの黄金弓。

 少しばかり形は妙だが、魔力の宿った「魔法の品」である事は間違いない。

 要がどこからどうやってそんなものを出したのかはアリサには分からないが……先程ドラゴンが呟いた言葉を考えれば、その弓の正体も想像がつく。


「レクスオールの……弓……」


 もし要の弓がそうであるならば、これはもう個人の問題で済む話ではない。

 どう転がるかは分からないが、確実にアリサの想像もつかないような事態に発展するだろう。

 そうなれば、要も「何も知らない異邦人」ではいられまい。

 渦巻く政治の流れの中に飲み込まれていってしまうはずだ。


「そうなるのがカナメの幸せになるとは思えない、な……」


 たった一つの未来すら変えられなかったアリサにそんな事を考える資格は無いのかもしれない。

 だがそれでも、要の幸福を願う権利くらいならばあるだろう。

 そんな事を考えながらアリサは気を失ったままの要の意外と大きな身体を抱き寄せて、その顔を覗きこむ。

 魔力酔いの治し方は酷く単純で「放っておく」ことで体内の魔力循環が新しい形に再構築され正常に戻る。

 だが、あまりにも酷い場合は魔力薬などで魔力を注ぎ込み流れを早め、それを加速させる事がある。

 しかしながら結構値の張る魔力薬は早々手に入るものではない。

 ない、が……アリサは「念の為」に一つだけ常備している。

 当然ながら、これを使えば今回の旅は大赤字確定。だが躊躇いはなかった。

 問題はむしろ、意識の無い要にこれを飲ませる方法であり……しかしまあ、これにも心当たりはあった。


「ん……」


 片手でアリサは小指の先程の小さな瓶を取り出し、その中身を口に含み瓶を投げ捨てる。

 そう、簡単だ。飲めないならば、飲ませてしまえばいい。

 アリサは要の頭の後ろに片手を回し……一瞬躊躇った後に口移しで魔力薬を要の中に流し込む。

 もっとも、一度口に含んだことでアリサに多少魔力薬の効果が使われてしまったが……まあ、アリサ自身魔力を使い過ぎていたし問題は無い。

 要の中にしっかりと魔力薬が入っていったのを確認するとアリサは口を離し、じっと要の顔を見る。

 先程まで青かった顔色はほんのりと赤みが戻ってきていて、アリサは安堵の溜息をつく。

 もう一度顔を近づけてみれば呼吸も正常で……これなら平気かと顔を離そうとした瞬間に、要の目がパチリと開く。


「う、うわっ!?」


 一気に意識が覚醒したのか驚いて身体を離そうとした要だが、アリサにしっかりと抱きかかえられた状態でそれが上手く出来るはずも無く、虚を突かれたアリサもバランスを崩し……それでもアリサは咄嗟の反応で要を抱え込み、自分がクッションになるように回転し倒れこむ。


「う……い、いてて……」


 要はそう言いながら、柔らかい何かの上から起き上がり……その「何か」がアリサであることに気がついて、実に怪しいカサカサとした動きでアリサから遠ざかる。


「……その反応、色々と傷つくんだけど」

「えっ、あ、いや。そういうわけじゃっ……あ、そうだドラゴン!」

「間違いなく死んでる。色々回収したいけど……今回はやめといたほうが無難かな。それより、体調は?」


 言われて要はキョトンとした後に「結構いい」と不思議そうに呟く。

 いいのも当たり前だ。

 身体が「魔力の放出」を覚え、要の身体は自分を無意識のうちに魔力で調整する事を始めている。

 自分にあった「魔法」を構築できるようになるのもこの時期からだが……要の先程の光の矢を見るに、要の構築できる魔法は恐らく攻撃魔法だろうとアリサは想像する。


「……ま、とにかく。此処を離れようか。その弓、ちゃんと持っていくのよ?」

「え……おわっ!?」


 要は言われて自分の足元にある黄金弓に気付き……驚いたように飛びのいてみせる。

 その様子にアリサは肩をすくめ、しかし楽しそうに微笑む。


「ほら、とりあえず……残ってるかわかんないけど、あそこ戻って私の荷物回収。そしたら適当な布で、その弓も包んじゃお?」


 そんな事を言って歓待用の家の方へと向かっていくアリサの後を、要は慌てて黄金弓を拾って追いかけるのだった。

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