赤い夜2
「う、うう……」
気がつけば要は、地面に仰向けに倒れていた。
いや、誰かに押し倒されたのだ。
身体に圧し掛かる重みと、柔らかな感触。
それが誰かを理解する前にぐいと引き起こされて、要はその「誰か」を至近距離から見る。
「カナメ、怪我は!?」
「アリサ……」
「えいっ」
軽く頬を叩かれて、要は意識を急速に現実方向へと揺り戻す。
それと同時に「現状」を思い出し、要は慌てたように「そうだ、ドラゴン……!」と叫ぶ。
するとアリサは「よしっ」と頷き要から手を離し立ち上がる。
遅れて要も立ち上がり周りを見て……正面にある光景に驚愕のあまり飛び上がりそうになる。
そこには……地上に降り、こちらを見下ろしているドラゴンの姿があったのだ。
あちこちで火が燃え上がる中で、要の視界に映るのはアリサと……ドラゴンだけ。
逃げ遅れたらしいモンスターの焼死体らしきものが転がっているところを見ると、先程の炎はモンスター達をも焼いたようだが……まだ悲鳴や嬌声が聞こえてくるところを見ると、まだあちこちで状況は続いている。
つまりドラゴンがこの場所にこだわる理由はないだろうというのに。
「な、なんで……」
なんで、あんなところに居るのか。
なんで、こちらを見ているのか。
なんで、殺さないのか。
様々な疑問が要の口をついて出そうで、出ない。
「さあね……」
言いながらもアリサはドラゴンから目を離さない。
殺すチャンスなら幾らでもあったのに、殺していない。
ドラゴン。「完璧な生命体」とすら称される、最強の一角。
勿論個体差は大きいが、
だが、目の前に居るドラゴンはそのどちらでもない。
正真正銘のレッドドラゴンであり、そんなものがたった二人の人間を警戒する理由も無い。
「……逃がしてくれるつもりなら、いいんだけどね」
「ソレハ無イナ」
「……!」
返ってきた返答に、アリサはぞっと背筋が凍るような感覚を覚える。
今の発言は……確かに、目の前のレッドドラゴンから聞こえてきた。
だがドラゴンと戦った者達の様々な話の中にも、「ドラゴンが喋った」などというものはない。
なのに、目の前のドラゴンは確かに共通語を話した。
「驚クコトハ無イ。少シ聞イテイレバ理解デキル。中々優秀ナ言語ダ」
「そ、それはどうも……」
感じる知性は、「凶暴なモンスターの中でも特に強い奴」というイメージをアリサの中から消し去り……「最大級にヤバいモンスター」という認識に塗り替える。
会話が出来るから分かり合える、などというのは闘争の歴史を理解できない者の戯言だ。
モンスターとの闘争と同じくらいに人の闘争も歴史が長く、その内の何割かは会話が出来るが故に発生しているのだから。
「……要、逃げるよ」
「あ、ああ」
「ヤメテオケ」
アリサの小声の囁きをドラゴンは拾い、そう諭すように言い放つ。
「貴様ガ先程ノ技ヲ使ウト同時ニ、我ハ炎デ焼キ尽クス……ドウセ死ヌ。我ヲ楽シマセヨ」
今の言葉は、2通りにとれる。
逃げても、どうせ死ぬ。だから楽しませろ。結果によっては生かしてやる。
逃げても戦っても死ぬ。どうせ死ぬんだから、楽しませるくらいの役に立て。
……恐らくは後者だろうが……それでもアリサは、先程拾った弓に矢を番えて放つ。
ドラゴンの目を目掛けて放った矢はしかし外れてドラゴンの鱗に当たり弾き返される。
いや、違う。ドラゴンが軽く身じろぎして、万が一にでも当たらないようにしたのだ。
「まだまだ!」
それでも諦めぬとばかりにアリサは次々に矢を番えて連射し……その全てが目狙いであると理解したドラゴンは、鬱陶しいとばかりに目を閉じる。
ドラゴンの目はアリサの矢筒をしっかりと捉えており、それが無くなれば矢を放てなくなることを理解している。
だからこそ、こうして目を閉じて目を狙えなくすることで次にどうするか試したのだ。
逃げるつもりならば足音ですぐに分かるし、そんな間抜けさを期待するようであれば焼いてしまってもいいと思っていた。
それは最初の一撃で焼けて死ぬはずだった要を救ったアリサの機転に対するドラゴンの興味であり、強者であるが故のドラゴンの遊びであった。
……だからこそ、アリサがベルトから何かを抜き出した音を聞いても「隙をついたつもりでどんな事をするのか」という圧倒的強者故の余裕からくる興味しかなかった。
だから、アリサの言葉にドラゴンは驚愕に目を見開いた。
「……魔力充填開始!」
アリサの手にあるのは、先端に青い宝石のついた鉄色の短杖。
それはいわゆる「魔法の杖」であり……たった一つの魔法の設計図が封入された「
「放て、
「オオオオオ!?」
アリサの「発動の言葉」と同時に
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