赤い夜
……さて、ここで時間は少し巻き戻る。
要が水を汲むのに四苦八苦していた、丁度その頃。
家の中でアリサは、バタバタと忙しそうに出かける準備を整えていた。
「……まったく、カナメってば何処に行ってるんだか」
水汲みに行かせてみたら、いつまでたっても戻ってこない。
裏で落ち込んでいるのかと行ってみれば、何処にも居ない。
となると、裏に井戸があることに想像が至らず中央広場辺りまで行った可能性が高い。
然程心配はいらないはずだが……万が一ということもある。
アリサは一度脱いだ革鎧をまた着なおして、腰にベルトを巻き剣を差す。
そうして外へ出ようとして……ふと思いなおし、荷物の袋へと駆け寄って中のものを搔き出す様に漁り始める。
「えーっと……あった!」
そうして出てきたのは、分厚い布の包み。
しっかりと結んだ紐を解き包みを開くと……そこからは、先端に青い宝石のついた鉄色の短杖が出てくる。
いわゆる「魔法の杖」というものだが……使う機会も無く仕舞い込んでいたものだ。
それを腰の後ろに差すと、アリサはドアに手をかけ……地面を揺らすような衝撃と轟音に、思わずよろめく。
「な……っ!?」
何事かと外に出てみると、村の中心の方が何やら騒がしい。
よく聞いてみればそれが悲鳴や怒号であるというのは明らかで、その状況を作り出しているのが大量のモンスター達であるという事実にアリサは愕然とする。
「こ……れって……決壊? 嘘でしょ、
これはもう、「決壊」どころの騒ぎではない。
恐らく……恐らくだが、決壊はもうすでに起こっていたのだ。
ヴーンの件は、その発端に過ぎなかった。
下層からヴーンが出てきてしまって、恐れた村の連中が慌てて冒険者ギルドに真相を隠して依頼したのだろう。
上手くいけば丸め込めるとか、そういう都合のいい事を考えたのかもしれないが……どちらにせよ、これではもう災害指定レベルの危機に発展してしまっている。
「げぅあ」
一体の
ゆっくりと振り上げた棍棒は遠く広場を見つめるアリサへ狙い振り下ろされ……しかし
「げあっ!?」
「相手してられるかっての」
低く長く跳躍したアリサは
ドラゴン、という言葉が脳裏に蘇り……アリサはその言葉を必死で追いやる。
大丈夫、まだ間に合う。そう考えながら、ボロボロの家屋の間を走る。
そう、一度「始まって」しまえば木造家屋だろうと石造家屋であろうとたいした違いは無い。
対抗できる力が無いならば逃げるしか無く……逃げられないのであれば、死ぬしかない。
こうなるから。こうなってしまうからダンジョンは国が管理しているというのに。
「あ、おいアンタ! な、何してたんだ!」
「ああ!?」
アリサが足を止めてみれば駆け寄ってくるのは村長で、剣やら弓やらを抱えて武装しているのが見てとれる。
どうやら村の中では「戦える」方のようだが……こうなってはそんなもの、どの程度の抵抗になるか。
「何って……仲間を助けに行くんだけど? んでもって逃げる」
「逃げ……っ! 依頼はどうする気だ!」
「私が受けたのはヴーン退治よ。この村がダンジョンを隠蔽してるなんて知ってたら絶対に来なかった。しかも、こんな手遅れの状態……何考えてんの?」
冷たく見つめるアリサにしかし、村長はぐうっと唸りながらも言い返す。
「か、管理できるはずだったんだ! ここに定期的に来てる冒険者パーティが……だが1ヶ月程前から来なくてっ」
「共犯がいたのね。私に上手くダンジョンを発見させて、丸め込むつもりだった? 手遅れよ。どうせ極刑だから、この場で死んでもあんまり変わらないんじゃない?」
「じょ、冗談じゃない……!」
村長は死んでたまるかと叫びながら何処かへ逃げていき……アリサはそれを舌打ちして見送ると、村長が放り投げていった弓に視線を落とす。
どうやら少しでも身軽になる事を選んだようで、矢筒も転がっている。
アリサは少し考えてからそれを拾うと、再び広場に向けて走り出す。
……が、その眼前に血塗れの斧を持った緑色の肌の小さな男達が立ち塞がる。
「ギヒッ」
「ヒヒヒッ」
どうやらアリサを狙いに定めたらしい
「……?」
まさかアリサに脅えたわけでもないだろうが……とにかく幸運だったと解釈してアリサは再び足を踏み出す。
広場までは、あと少し。ここの角を曲がって、真っ直ぐ行けば、それで。
「あ、ああああああああああ!」
「カナメ!?」
悲鳴じみた声と破砕音が聞こえ、アリサは思わず叫ぶ。
間に合え、間に合え。
そう祈るようにアリサは角を曲がり……こちらに向かって必死で走る要の姿を見つける。
生きている。大丈夫だ、間に合った。
必死すぎて要はアリサが見えていないようだが、あの距離なら
「カナメ!」
叫び呼んだ声に要はようやく気付いたかのようにアリサをしっかりと見て。
しかし同時に、弾かれたように空へと視線を向ける。
その更に背後では、慌てたように逃げる
「あ……」
「え?」
振り向きアリサは、「それ」が居たことにようやく気付く。
真っ赤なドラゴン。要が語った通りのソレのズラリと牙の並んだ口の端に、ちらりと炎が見えて。
叫ぶように唱えた
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