神様の話2

「レクスオールの弓?」

「そう。弓と始まりの神、レクスオール。狩猟の神様だとも言われてるから、こういう田舎では人気があるの」


 ゼルフェクトとの戦いにおいても、レクスオールの放った矢が戦いの始まりであったという。

 今でもレクスオールはゼルフェクトの復活に備え天上世界より矢を番えていて……「再びの戦いの始まり」は、そのレクスオールの一矢によって告げられると神話では語っている。

 それに倣い戦いの場では一本の矢を放つ事を始まりの合図とする風習もあるとアリサは要に説明してくれる。


「ま、未だにそんな事やってるのは闘技大会くらいだろうけど」

「そのレクスオールの弓って……」


 要の頭の中に、無限回廊で最後の瞬間に見た「弓」の姿が蘇る。

 歪に欠けた月のような形をした黄金弓。

 まさか、あれが。


「んー? 普通の弓の形してるよ。狩猟の神様だからかもね」

「そ、そっか」


 がっくりと肩を落とす要の姿にアリサは訝しげな顔をして……「まさか」と呟いて要の顔を覗きこむ。


「無限回廊で本物を見たとか?」

「それかもしれないものなら見た。あれは金色だったかな。あと、形はちょっと変だった」


 歪に欠けた月。

 それが要の第一印象だった。


「……ふーん」


 アリサはそう相槌をうつと黙り込み……「カナメのその話って、そういえば詳しく聞いてなかったね」と言い出す。


「私に何か起こるって事だったよね。此処なら私以外は確実に誰も聞いてない。聞かせてよ、カナメ」

「え。で、でも」

「いいから。私に何が起こるの」


 燃える何処かの風景。

 真っ赤な鱗のドラゴン。

 要を守って立ち向かうアリサ。

 その光景を思い出しながら……要はゴクリと唾を呑み込む。

 言ってしまっていいのか。言う事で、本当になってしまいやしないか。

 そんな今更な葛藤が要の中に湧き上がり……その頬を、アリサが両側からパンと叩く。


「情けない顔しない。いい、カナメ。無限回廊で未来を見た伝説は数多くあるけど、「悪い結果」は大体変わってる。それは神様が未来を変えろと言っているからだと神官連中は言うけれど」


 私はそれだけじゃないと思う、とアリサは語る。


「最悪の結果が来ると分かっているから、それに至らないように準備をする。「どんな結果か」から逆算して、足りない物が分かる。それ故に回避できるんだと私は思う。だから、話して。カナメが見たのは何?」

「……ドラゴン」

「……は?」

「真っ赤な鱗の、ドラゴン」


 要の言葉にアリサは口をポカンと開け……「あー」と呟いて天井を見上げる。


「ドラゴン?」

「……ああ」

「そっかー……ドラゴンかあー……何処かは……分かる?」

「分からない。でも悲鳴が聞こえて、何処かが燃えてて……人が化け物に襲われてて。アリサはドラゴンに立ち向かってた」


 あの真っ赤な炎の光景の中では、何処かなど分かるはずもない。

 やはり話さないほうが良かったのだろうか……などと要が思っていると、アリサは「よしっ!」と叫んで体勢を元に戻す。


「ドラゴンが出てきたら、逃げよう。それで回避できるよ」

「えっ」

「だって、ドラゴンなんて大抵のダンジョンだと最下層にいるようなクソ化け物よ? 勝てないって。そんなとこに私が行くとは思えないけど、まあ地上に出てきたドラゴンの例がないでもないし」


 そこまで言ってから、アリサは「あ」と思い出したように呟く。


「……そうか、その可能性もあるか」

「その可能性って……」

「さっき、未発見ダンジョン絡みかもしれないって言ったよね?」

「あ、ああ」

「ダンジョンはね……放っておくと、モンスターが地上に出てきちゃうの」


 最初は、上層にいる弱いモンスター。

 次に、中層……そして下層。

 どういう理屈かは分からないがモンスターをある程度駆除していればモンスターは自分の階層から出てくることはない為、ダンジョンは見つけたと同時に国に報告し、その管理下に入れることになっている。

 

「でも現実には、ダンジョンで見つかる宝物を独占しようと報告しない連中もいるんだよね」


 そうしたダンジョンで「何か」の理由でモンスターを駆除しきれなくなった時、モンスターの溢れ出てくる「決壊」と呼ばれる現象が発生することがある。

 そうなったら最後、周囲はモンスターで溢れ悲劇に発展してしまう。

 過去にも幾度かそういう例があり厳罰化されたのだが、それでもそういう話は尽きない。


「それが、此処で起こってて……ドラゴンがいるかもってことか?」

「最悪の想像になるけどね。もしそうだったら、依頼は放棄ね。ドラゴンに勝てると思うほど驕ってるつもりはないし」


 そしたら、後は騎士団の仕事よ……とアリサは言って伸びをして、表情の晴れない要の頬をぺちぺちと軽く叩く。


「そんな暗い顔してたら運が逃げるよ、カナメ。貴方のおかげでドラゴンが出てくる可能性は予見できた。明日軽く調べて、本当にそうだったら逃げちゃえばいいだけの話よ」

「あ、ああ。でもそれなら今から調べた方がいいんじゃ」


 そう要が言うと、アリサは軽く肩をすくめて見せる。


「夜に? 冗談じゃないわ。夜と暗闇はモンスターの独壇場よ。万が一ドラゴンがいようものなら、それこそ逃げ切れなくなる。今日はカナメもしっかり寝て、明日に疲れを残さないようにしなさい」

「じゃ、じゃあ他に何か準備できることが」

「なら、お湯」


 此処お風呂あるからお湯沸かして、とアリサはめんどくさいものを見る目で要を見る。


「わ、分かったけど、どうやればいいの……かな」

「こんな田舎じゃ薪だろうね。水汲むのと火をつけるの、どっちやりたい?」


 当然だが、薪に火をつける方法など要は知らない。

 いや……確か火種がどうこうというのは聞いた事はあるが、それをどうすればいいのかまでは分からない。


「……水汲んでくる」

「行ってらっしゃい。桶は入り口の外に置いてあったの見たから」


 先程よりも深く肩を落として出て行く要を……アリサは要にバレないように小さく、クスリと笑って見送る。


「……たぶん、私を守ろうとしてくれてるんだろうなあ。私の方がずっと強いって、分かってるだろうに」


 要の見たというものが真実かどうかは、アリサには判断する術も無い。

 だが少なくとも、要がどうしようもなく善人だろうというのはアリサにも理解できている。

 ……となると「最悪」はあると思って行動したほうがいい。


「万が一の場合でも、カナメだけは逃がしてあげなきゃいけないかな。彼がもし本当に無限回廊の向こうからやってきたんなら……」


 その来訪には、きっと大きな意味がある。

 その言葉を呑み込んで……アリサは、考え込むように目を閉じた。

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