依頼主

「ほら、ついたよカナメ。もう少し頑張れる?」

「よ、余裕だよ……」


 明らかに余裕のない顔で歩く要にアリサは「そっか」と頷くと少しだけ歩く速度を緩め……それに気付いた要は必死で歩く速度を速める。

 

「無理はダメだよ、カナメ。常に余力を残すのが一流なんだからね」

「お、おう……だいじょぶだいじょぶ」

「その発言がもう、なあ……」


 呆れたように言うアリサだが、要も必死だ。

 歩いて疲れましたなんて言うのは、安いプライドが邪魔してしまうのだ。

 体力は最優先でつけようと思いながら、要は村の入り口を眺める。


 どうやら森を切り開いて作った村のようで、子供でも飛び越えられそうなおざなりな柵で覆われた中に幾つかの家があるのが分かる。

 しかし太陽の位置を見ればまだ夕方前後であるというのに外には人の姿が無く、窓もしっかりと木戸を閉めてしまっているのが見える。


「えっと……アリサ。ここ、なんだよね?」

「そうよ。ここが依頼主のプシェル村。小さいからって馬鹿にしちゃだめよ。冒険者に依頼するくらいにはお金持ちなんだから」

「いや、してないけど……」


 していないが、この様子は何なのだろうか?

 まるで人が居ないかのような静けさに、要は不気味さを感じてしまう。

 ……だが、アリサは要の腕を掴むと村の中へと歩き始めてしまう。


「なら行くよ。時間は有限なんだから、サクサクやらないと」

「え、でも……」

「でもじゃない。おーい! 冒険者ギルドから来たアリサです! 村長のストラさーん!? いらっしゃいますかー!」


 隣にいる要にもビリビリ響くような声で叫びながら歩くアリサの声にガタンという音が聞こえ、一つの家から慌てたように男が飛び出してくる。

 茶色の短い髪をした立派な体格のその男はアリサに走り寄ってくると「あんまり大声で叫ぶんじゃない!」と小声で……しかし強い口調で囁く。


「モンスターが寄ってきたらどうしてくれる……!」

「人の生活圏に寄って来るようなモンスターがいるんなら、何したって来るから大丈夫です。むしろ弱いモンスターは人の生活圏に近寄らないから、普段どおりにしていた方が安全ですよ?」

「うぐっ……」

「それに、確か依頼だとヴーンが出るってことでしたけど。ヴーン程度なら、人の集落には絶対に近寄りません。むしろ大きな音を出したりして、実際より多くいるように見せかけた方がいいです。他にご心配は?」

「な、ない……」

「はい。じゃあ依頼の話をしましょうか」


 にっこりと笑うアリサを見て、要は思わず舌を巻く。

 やはりというかなんというか、アリサはかなりのベテランなのだろう。

 人生経験でいえば遥か上に見える男相手に、全く引かずに言い負かしてしまっている。


「内容を確認しますと、依頼されるより数日前に村の方がヴーンを見たと」

「あ、ああ。木こりのジャンが連中に弁当をとられて……」


 森の奥へと逃げていくヴーンに気味の悪いものを感じた木こりのジャンはそのまま村まで逃げたそうだが……それでヴーンの存在が発覚したのだという。


「ギルドでも言われたかもしれませんが、それで正解です。ヴーンの誘いには乗らずに逃げるのがいいですから。で、依頼内容はヴーンの駆除。私の到着までに何か状況に変化はありましたか?」

「え? あ、いや……特には……ないな」


 言いながら、村長はあらぬ方向へと視線を向ける。

 それをアリサはじっと見ていたが……「そうですか」と頷いてみせる。


「では、報酬に関してですが。相場であればヴーン一纏まりにつき王国金貨二枚。ですが、依頼からの日数とギルドからの距離を考えて王国金貨六枚か、統一金貨で同額でも構いませんが」

「……分かった、統一金貨で払う……それでやってくれ。ただし排除したって証拠は見せてくれ。それで後払いだ」

「部位証明をお望みですか? それなら手数料であと王国銀貨で五枚頂きたいところなんですけど」

「おいおい、それを込みでアンタの最初の案を呑んだんだろうに!」


 激しく言い合う二人に触発されたのか、他の家からもチラホラと人が顔を覗かせ始め……何やらヒソヒソと言い合っているのも見える。

 一様に不安そうな顔をしているのが見えるが、アリサと要のどちらに不安を感じているのかは要には判断できそうも無い。


「なら、宿泊場所の提供と食事込みで手数料分を一日辺りで王国銀貨一枚分相殺ってことで。でも手数料は絶対に王国銀貨五枚。これは相場通りです」

「……絶対にやってくれるんだろうな」

「仕事に関しては手抜きしませんよ?」


 自信満々のアリサに村長はアリサを見て……その後、アリサの後ろの要を見る。


「あっちの兄ちゃんは随分妙な格好してるけど、魔導士か?」

「助手です。気にしないでください。で、お返事は?」

「……分かった。やってくれ。だが後払いだぞ」

「結構です。ただしこちらからの宿代の支払いも清算時に相殺という事で」


 渋い顔の村長とアリサは握手を交わし、村長は覗いていた村人達に「案内してやれ!」と声をかける。

 バタバタと走ってくる若い男に要達が案内されたのは……村の端にある、小さいながらもしっかりとした木の家であった。

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