無限回廊
無限回廊。それは神話に出てくる「名所」の一つだ。
英雄が自分に近く訪れる運命を見るとも、死者が己の罪を振り返る為の場所であるともされる。
あるいは神がかつて地上に降りてくる際に「救うべき者」を見定めるための場所であるとも言われている。
いわゆる「英雄」や「聖人」には必要不可欠なエピソードであり、それ故に「自分は其処に行き運命を見たのだ」と語る阿呆も少なくは無い。
まあ、王族や貴族などの偉い連中の中には「夢か真実かは分からぬが」と自分の正当性の根拠にする者もいる……が、そんな雲の上の話はアリサにはどうでもいいことだ。
問題はアリサの目の前にいるカナメという男が、まるで見てきたかのように無限回廊の光景を語って見せたことだ。
しかも大抵の者は「無限回廊を昇っていった」とか「歩いた」とか語るというのに、「穴」とか「落ちた」とか語っているのだ。
それではまるで……「無限回廊の先」から来たようではないか。
いくらなんでも、そんなホラを吹く者はアリサの人生では初めてだ。
何しろ神や魂が入れるという場所に「肉体を持ったまま」で、「その先」から来たと語るなど、ホラ話にしても度が過ぎている。
そしてそれ故に、奇妙な真実味が出てしまう。要の本気で戸惑った様子が「ほら吹きや狂人である」と切り捨てられないものをアリサの中に残してしまうのだ。
「……えっと、嘘はついてない」
「うん」
「狂ってるつもりはない、し……選ばれた人間だなんて言うつもりもないよ。でも、本当なんだ。それに……」
「それに?」
その「風景」の中で、君は。
そんな言葉が口をついて出そうになり、要は黙り込む。
真っ赤な鱗のドラゴン。
そんなものの話をした所で信じてもらえるかなんて分からない。
それに。そんな話をしたら、見捨てられてしまうかもしれないと要は怯えた。
自分を守って、君はドラゴンに勝てないと分かっている戦いを挑むのだと。
そんな話を聞いて、何処の誰が要を連れていこうなどと思うだろうか?
「そ、それに……」
それでも、話さなければ卑怯な気がして……要は言いよどんでしまう。
言うべきだ。でも、言うのが怖い。
言った後に目の前の少女……アリサが自分をどんな目で見るのか。
それを見るのが、怖かったのだ。
「君、が」
「待って」
それでも、要は言おうとして……しかし、それをアリサが要の口に手を伸ばして押し留める。
「なんとなく分かった。私に、なにかあるのね」
「……っ」
驚いた表情を見せる要に、アリサはふうと溜息をつく。
どう見ても「騙そうとしている」表情ではない。
「お前の悪い運命を見た」と言って騙すのは常套手段ではあるが、大抵は「回避する手段を知っている」と後に続く。
だが、「悪い運命」を言う段階から言いよどんでいる要にそんな様子は無い。
むしろ「回避する方法を知らない」から迷っている者の反応でしかない。
「カナメ。貴方の言ってる事が本当かどうかを私には判別できないし、たぶん余所で言っても詐欺師扱いされるわ」
「うっ……」
「でも、貴方が何も無い空から落ちてきたのを私は見ている」
そんな不思議な光景を最初に見ていなければ、アリサとて要の言う事を空想かホラだと切り捨てていただろう。
だが、見てしまったのだ。
何処に行っても誰に聞かせても信じてもらえないであろう要の「真実」を、アリサだけは知っている。
「カナメ、もう一回聞くね……貴方、無限回廊の「先」から来たの?」
「……その無限回廊って場所かは分からないし、俺は気がついたら落ちてただけだから……」
いまいちハッキリしない要の言い様にはしかし、どうしようもない程の真実味があり……アリサは、小さく溜息をつく。
「そう。で、カナメは今後どうするの?」
「ど、どうするって……」
「カナメの故郷が無限回廊の「先」にあるっていうなら、私はそこにカナメを連れて行ってあげられない。ついでに言うと、言う場所によっては捕まるからね、それ」
「えっ……」
驚愕と疑問で彩られる要の表情に、アリサは本気で困った表情になる。
「放っておいたらコレは破滅するな」と……そう理解してしまったからだ。
最悪、詐欺師に適当な事を言われて騙されて……などという末路だってありえる。
見ず知らずの他人を一々助けていられるほどアリサは善人でも裕福でもないが、「助けてしまった」縁もある。
それに……万が一にも要のいう事が真実であれば、ここで要を助けておく事は必然であるかもしれない。
「あー……カナメ、私から一つ提案があるんだけど」
「え、な、何かな」
両膝をキッチリと揃えて地面に座リ直す要の座り方が妙に綺麗で、アリサは少し無言になり……しかし、咳払いをして言葉を続ける。
「今のカナメはつまり、住む所も無ければ仕事も無い人なわけだよね」
「うぐっ」
まさにその通りなので要は全く反論できない。
今の要は住所不定無職、更には不審人物の代表例でしかない。
しかも「此処でアリサに見捨てられたら」とか考える軟弱男でもある。
自己嫌悪に項垂れる要をそのままに、アリサは「だから」と続ける。
「カナメがある程度どうにかなるまで、私が面倒みてあげるよ」
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