政治活動【日本国香川県】

 西暦2017年10月。

 日本国香川県。


「皆様、どうか日本の未来の為に清き一票を!」


 県内の某駅の前で候補者による選挙演説が行われていた。


 投票を間近に控えた候補者の表情は真剣そのものである。

 だが、スピーカーの使用を控えているおかげか騒音まがいの大音量は聞こえない。実際には予算の都合も幾分あるかもしれないが、周囲への迷惑を考えて自制しているのだ。


 演説の内容も他党の批判などではなく、自身の掲げる方針や公約の魅力を語る内容が主であり、自然と通行人の耳目を集めていた。

 時には聴衆から投げられた質問に候補者本人が丁寧に説明し、初立候補の無名候補ながら、能力・人格の両面でかなり高い評価を得ているようだ。



 西暦1999年7月の“声”以降。

 日本のみならず、世界各国の政界事情は一変した。


 まともな民主主義が成立する以前の古来より、政界というのは黒い話と不可分であった。

 特定の団体や個人に便宜を図る代わりに賄賂を求める程度は可愛いもの。

 政敵への違法な妨害工作。

 法の恣意的な悪用。

 子飼いのマスコミによる世論操作。

 先進各国では近世以降は多少マシになったとはいえ根絶には到底至らず、半ば公然と権力の悪用が見逃されていた側面もあった。

 無論、警察や良識ある市民も常に黙っていたわけではない。

 だが、取り締まる側も法の縛りを受ける以上、公的な権力を握る者達を相手にするには限界があるのだ。


 だが、“声”による変化は万人に平等であった。

 旧来の、いわゆる悪徳政治家はそのほとんどが魔物へ変じて排除された。国によっては少なくない混乱が起こったが、長い目で見れば良い変化であったのだろう。


 そして、一部の魔物化を免れた小悪党も、時と共に次々と政界を去ることになった。

 別に、誰かに辞めろと言われたワケではない。

 だが、政治家としての立場を利用して不正な利益を得ることが不可能になったのである。

 それならば、もはや政治など気苦労ばかりが多くて面倒なだけ。金儲けが目的ならば、他にもっと効率の良い方法を探したほうがマシなのだ。


 よって、今の時代にわざわざ政治などやりたがるのは、それこそ本気で国の未来を憂いている変わり者ばかり。世の為人の為に身を粉にして働く彼らは、だからこそ、純粋に人々の尊敬を集める存在なのである。


「ワタクシが当選したあかつきには、必ずや――――」


 選挙に際して候補者が打ち出す公約も、耳障りの良い文句を並び立てて、当選したら知らぬ存ぜぬを貫くような卑劣な手法はもはや通用しない。悪意ある嘘がカルマ値の上昇に繋がるのは現代においては常識であるし、騙す相手が多ければ多いほどに上昇量はドンドン増える。

 当選した後で必死に努力した結果、それでも叶わなかったというのであれば問題ないが、最初から欺くつもりだったのであれば魔物化を免れる術はない。だが、だからこそ、候補者は公約の実現可能性には充分注意するし、投票する側の市民もその内容を信頼できるのである。



 ……だが、繰り返すがこんな時代に政治を志す者は基本的に変わり者である。

 本気で世の為人の為を考えて、お金と時間とその他諸々を費やして打ち出した公約が、明後日の方向を向いているというケースも、まあ、それなりの割合であり得るのだ。


「我が日本うどん党の公約『日本人の食卓を三食うどんに!』を実現させる為に、どうか清き一票を!」


 残念ながら日本うどん党の候補者は、ここ香川県内でこそ少々の票を得たものの当選には遠く届かず、あえなく落選という結果に終わったのであった。


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