アウトバーン【ドイツ連邦共和国ブレーメン州】


 西暦2018年10月。

 ドイツ連邦共和国ブレーメン州。


 アウトバーン。

 二十世紀前半から建設が始まった高速道路網である。

 速度制限が設けられていない道路として世界中に知られているが、その情報は正確ではない。

 正しくは、アウトバーンの中にも速度制限区間と無制限区間の両方が存在し、当然ながら制限区間で速度超過をすれば通常の道と同様に罰則を課せられる。

 同じアウトバーンだからと、全てを一括りにしてスピードを出しすぎるのは禁物である。



 だが、速度無制限区間においては遠慮は無用。

 あくまで一般車両に迷惑をかけないのが前提ではあるが、自慢のマシンの性能を最大限引き出すべく国内外から集結した走り屋達が、日夜熱い戦いを繰り広げているのである。



 この日も一台の真っ赤なスポーツカーが快調にエンジン音を鳴らしていた。

 特徴的な跳ね馬のエンブレムが踊る、イタリアはフェラーリ社の最新モデルである。まだ傷も汚れもないピカピカの新車のようだ。


 運転している壮年のオーナーの腕も良く、マシンの性能に振り回されるようなこともない。


「そろそろエンジンも温まってきた頃合だな」


 伝統的な工芸品のようなマシンは非常に繊細である。

 人間と同じように、激しい運動の前には準備運動でウォームアップをさせてやらなければ、完璧な性能は引き出せない。


 丁度、準備運動が終わったタイミングで速度無制限の区間に入ったようだ。

 それに明け方の通行量の少ない時間を選んだ甲斐あって、障害となる一般車両はほとんどいない。最近は雨も降っていなかったので路面状態も良好。

 スピードの限界へ挑戦するには最高のコンディションである。


「よしっ」


 運転手がアクセルをゆっくりと踏み込むと、たちまち時速150kmを超え、程なく200km/h「すらも軽々と超過した。そして、とうとうアクセルをベタ踏みし、一気に時速300km超の世界へと加速し――――。


「あ、抜かれた」


 遥かにスピードの乗った後続の自転車。

 人力で走るロードレーサーに軽々と追い越されたのであった。







 ◆◆◆







 人間の身体能力が飛躍的に向上した現代においては、交通手段の在り方も必然的に変化を余儀なくされた。

 特に肉体性能がそのまま速度に反映される自転車は、高レベル者が乗った場合は最新鋭のF1マシンすらも置き去りにしかねないのだ。

 そんなシロモノが一般道を全速力で走り回っていたら危なっかしくて仕方が無い。

 変化に合わせた交通ルールの整備は必須であった。自転車が免許制になった国もあるし、そうでなくとも自動車以上に厳密な速度制限が課されている国は少なくない。

 全力で走れる場所といえば、専用の競技用サーキットか、それこそアウトバーンの速度無制限区間くらいのものだろう。


「すげっ、ありゃ400は出てるな」


 だが、自動車も決して廃れたワケではない。

 動力が機械である為にスピードは運転者のレベルに左右されないし、肉体的な疲労も少ない。

 車種によっては一度に何人も乗せたり、沢山の荷物を遠くまで運んだりもできる。単純な速度で劣ることがあっても、まだまだ需要はいくらでもあるのだ。

 

「ま、いいさ。マイペースマイペース」


 それに、純粋に自動車という機械が好きで乗っている者からすれば、自転車がいくら速かろうとも関係ないことである。

 例えるなら、あえて最新モデルではなく何十年も前のクラシックカーを好むような感覚であろうか。趣味人にとっては、自分が好きなマシンを自由に操れればそれで良いのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る