自然保護【南アフリカ共和国クルーガー国立公園】


 西暦2017年7月。

 南アフリカ共和国クルーガー国立公園。


 広大な面積を擁するアフリカ大陸には、二十一世紀の現代においても数多くの野生動物が生きる自然環境が残されている。

 今世紀に入って以降は密猟を生業とするハンターも減少し、一時は絶滅が危惧されていた種も回復傾向にある。各地の自然保護区はまさに動物達の楽園と言えるだろう。



 ここクルーガー国立公園は、広大な敷地内にキリンやゾウなどの大型獣が多数生息しており、観光客が自分で車を運転して園内を走り回れるという人気の観光スポットである。


「ヒュウッ! いい写真が撮れたぜ」

「ああ、来て良かったな!」


 早めの夏季休暇を取ってフランスから観光に訪れたデニスとエディも、豊かな大自然の環境を満喫していた。パリの街並みも嫌いではないが、時にはこうして都会の喧騒を離れて土の匂いを感じるのも悪くない。

 興奮しながら写真や動画を撮っていたせいで、すでにデジカメのメモリーカードはほとんど上限まで使ってしまった。一旦ホテルに戻ってデータの整理をしなければならないだろう。


「……うん?」

「どうかしたか、エディ?」

「ああ、なんかジープの調子がおかしいみたいだ」

「マジかよ。立ち往生は勘弁だぜ」


 だが、そろそろ引き返そうかというところで予期せぬトラブルが発生した。エディが運転していたジープが次第にスピードを落とし、そのまま止まってしまったのだ。

 自動車も精密機械である以上、時には故障することもあるだろうが、何しろ場所が場所である。修理工場どころかガソリンスタンドすら存在しない。


 まあ、それでも電話くらいはどうにか通じる。

 国立公園の管理事務所に状況と大まかな場所を報告して、迎えの車を寄越してもらうことになった。いくら過酷な自然環境の中であれ、電話一本で助けを呼べるのが現代の良い所である。


「一時間くらいで来るってよ」

「仕方ないな、待つか」


 予定は少々狂ったが慌てるほどの事はない。

 それに周囲には貴重な動植物が沢山いるのだ。

 辺りを散歩しているだけで、ヒマ潰しのネタには困らないだろう。



 だが、車が止まってから三十分も経った頃だろうか。


「お、インパラだ」

「でかい群れだな……あいつら、何かから逃げてるのか?」


 二人のすぐ近くを、百頭を超えるインパラの群れが駆け抜けていった。

 通常であれば人や車の匂いを感じてそれほど近寄っては来ないはずだが、二人のことなど気付いていないかのように一目散に走っている。どうやら、肉食動物に追われているようだ。


「ライオンの群れか……」


 インパラを追っていたのは十頭ほどのライオンの群れ。

 どうやら狩りの最中のようだ。このままであれば数分のうちに追い付き、インパラの何頭かは逃げ切れずに餌食となるだろう。


 それ自体は仕方がない。

 自然の掟というものである。


「おいおい……」


 だが、突如先頭を走っていたライオンが急停止した。

 自然と後続のライオン達も足を止め、先頭の一頭が見ているモノ、デニスとエディの二人に目を向ける。


 足の速いインパラを追いかけるのが面倒になったのか、それとも偶には違ったモノを食べたいとでも思ったのかは不明だが、どうやらライオン達は人間二人に狙いを変えたようである。


「うおっ!?」


 猛烈な速度で襲い掛かってくるライオン達。

 それに対して人間二人に出来ることは――――、


「やばっ、殴っちまったけど死んでないよな?」

「正当防衛なら大丈夫だよな?」


 人間達にはパンチやキックで応戦し、撃退する事しか出来なかった。

 まあ、この場合は仕方がない。

 それに、食べる為や身を守る為であれば、動物を殺傷してもカルマ値は上昇しないので魔物化を心配する必要もないだろう。


 前世紀末の“声”以降、レベルによって人間の身体能力は大幅に向上した。

 だが、レベルによる変化は人間と、人間が変異した魔物にしか適用されなかったのだ。

 如何に強靭な爪や牙を持つ肉食獣であろうとも、レベルが20もあれば充分に抵抗は可能だし、レベル40を超える人間に勝てる野生動物は自然界には存在しない。


 この世の誰一人として理由は分からないが、今や人間こそが食物連鎖の頂点。

 百獣の王たるライオンといえど、そこそこの高レベル者からすれば子猫同然なのである。


「キャンッ!?」

「お、生きてた」

「逃げてくれたか。良かった良かった」


 幸い、返り討ちにあったライオン達も軽傷で済んだようだ。

 文字通りに尻尾を巻いて逃げていった。



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