刑務所【オーストラリア連邦グレートビクトリア砂漠】
西暦2019年10月。
オーストラリア連邦グレートビクトリア砂漠。
前世紀末以降、罪を犯して収監される人間は激減した。
理由は主に二つ。
一つめの理由は、魔物化のリスクを恐れて犯罪に手を染める者が少なくなった事。
どれほど上手く隠蔽しようとも、カルマ値の上昇を避ける事は不可能。官憲の目を欺くことはできても、結局罪のリスクから逃れることは出来ないのだ。
各国の犯罪率は90年代当時と比べて減少傾向にあり、それ自体は望ましい変化であろう。
そして二つめの理由。
単純に、犯罪者が逮捕前に勝手に魔物化してしまうケースが多発し、その時点で拘束ではなく駆除の対象となってしまう為である。
魔物については各国の研究機関で調査が進んでおり、有効な対処法や利用法も数多く発見されたが、肝心の魔物化のメカニズムや魔物を人間に戻す手段などはまるで判明していないのだ。
とはいえ、刑務所に入る人間が全くいなくなったワケではない。
故意ではなく事故に近い形で他者を傷付けた場合などはカルマ値の上昇量はさほどでもないし、軽犯罪では何度も繰り返さない限りはそうそう魔物化に至りはしない。
衝動的に罪を犯してしまったが、それを悔いて自首をしてくる者もいる。罪の隠蔽はカルマ値の上昇に繋がるが、正直に自首した場合には逆に幾らか減少するのである。
だが、その収監においては少なからず解決しなければならない問題があった。
レベルによって身体能力が大幅に向上した現代人を閉じ込めておくには、旧世紀までの刑務所の施設では難しい。
そこそこのレベルがあれば施設の塀を跳び越えたり、一晩で地下トンネルを掘って脱走する事も難しくはない。刑務所を抜け出して服装を都合し、あとは市井の雑踏にでも紛れてしまえば、それだけで自由の身である。
また、刑務官が武装していても、個人携行可能な銃火器では殺傷力が足りず、そもそも抑止力として機能しないのだ。
無論、多くの囚人は脱走を企てたりはしない。せっかく人間のままで捕まることが出来たのだから、真っ当に勤めが終わるのを待つのが賢い選択である。
だが、衝動的に誘惑にかられてしまうという可能性は誰にも否定できない。
暗いうちに抜け出せば、何年も待たずにすぐさま自由の身になれる。刑務所内でも人助けなどしてカルマ値の減少に努めていれば、脱走しても魔物化には至らないかもしれない。そして、その能力が自分に備わっているとしたら?
だから、各国政府はそういうケースを想定して対策を講じた。
レベルで強化された肉体であっても走破できないような砂漠の真ん中や孤島、雪原や高山など、過酷な自然環境の中に重犯罪者用の収監施設を用意したのだ。
これらの施設の位置は一般には公開されていない為、囚人達には自分がどこにいるのかも分からない。施設を抜け出しても眼前には一面の砂漠や大海。一か八かで逃げ出すには、あまりにもリスクが高すぎて、脱走する気もなくなるというものであろう。これなら善良な一般市民も安心して暮らせるというものだ。
……だが、問題が全くないわけではない。
「ああ、今日も暑い……」
「そりゃ、砂漠だしなぁ……」
グレートビクトリア砂漠の某所にある収監施設では、今日も見回り中の刑務官達が愚痴を零していた。仕事が仕事だけに特別手当てが付くので給料は悪くないが、こんな陸の孤島で暮らしていては文句の一つも出るだろう。
ちなみに、職員の多くや囚人はエアコンの効いた屋内で日中の大半を過ごしている。
しかし、なんの警戒もしないワケにはいかないので、一応定期的に施設外の巡回もしているのである。この業務がなんらかの成果を挙げたことは、十年前にこの施設が出来てから一度たりとも無いが。
それに稼いだところで砂漠の真ん中では遊ぶ場所もない。
囚人にこの場所が何処かを教えないために、道路の一本も通っていないのだ。
物資や人の行き来は、全てヘリの定期便に頼っている。非番の日でも、気軽に車を飛ばして街に出るとはいかないのである。
「オレ、転職しようかなぁ……」
「同じ砂ならビーチでバカンスがいいなぁ……」
今時、ここに送られて来るような囚人は滅多にいない。
いたとしても、ほとんどは早く出所すべく模範囚として振舞うので危険は少ないし、収入も悪くない。だが、それでもあまりに退屈なので、刑務官はどこの国でも非常に離職率が高い仕事であった。
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