特別話 ヒカルケムリノハコ~2017 10月~

 ――第19話の投稿から、だいぶ時間が経ってしまった。

 これは他でもない。私の本職の板前仕事の方が忙しくなってしまい、執筆時間が取れなかったせいである。

 現在勤めている店では現在(10月から11月中頃までは)仕込みのシーズンであり、お客様の入りはそれほどではないものの、魚が仕入れられれば休み時間を返上して仕込みに入り、場合によってはそれが為に帰りの時間すら、忙しい時期より遅くなるのだ。

 更に言うと、私は他の小説投稿サイトにも作品を投稿している。ついついそっちの連載作品に力を入れてしまい、結果的にカクヨム連載の怪談をないがしろにしてしまったのは、我ながら良くなかったと思う。


 すみません。



 そんな中。つい一週間ほど前、坂田くんからメールが入った。

 『ヒカルケムリノハコ』にて、未知との遭遇(?)を経験した、あの坂田くんである。

 文面からして、何かあの『箱』にまつわる話に進展があったようだ。

 だが、どうしても時間が取れない。電話すら、かける時間がないのだ。

 ようやく、連絡から四日後。つまり今から三日前の昼にどうにか一時間ほどの暇を作って、私はスマホ越しに坂田くんへ「あの話どうなったの?」と尋ねてみた。


『ああ、マコトくん。それがさ、兄貴から電話かかってきた』


 兄貴。

 もちろん坂田くんの実のお兄さんである。中学時代、一学年上の彼を何度か私は目にしているが、ガタイが良くて背も高く、腕っ節がめっぽう強いと評判だった。

 お調子者の三枚目だった坂田くん本人とはかなり違うキャラの持ち主。

 ただし、本人は至って温厚な人であった。坂田くんの家に遊びに行った時に「喧嘩がすごく強いそうですねぇ」と言ってご機嫌をとろうとした私に、お兄さんは「いや。俺、見た目でそう言われてるだけだから」と、はにかむように笑って応えてくれた。偉ぶらない態度が、とても印象的だった。


「確か、箱に関する件について一度電話で話して、怒らせちゃったんだよね」

『うん。そう。実はその件でね、』


 あの時は悪かったな、とお兄さんは言ったという。


  ※   ※   ※   ※


 話を整理する。


 その日、一日の仕事を終えた坂田くんが住まいのアパートに戻ってスマホを確認してみると、お兄さんからの着信が入っていることに気付いた。

 その時には既に夜の10時を回っていたそうだが、「あの光る箱について話でもあるのかな?」と思ったので、直ぐさま電話を入れてみたという。


 すると、2コール目くらいでお兄さんは出た。

 「よぅ、」といきなり、ぶっきらぼうな声を掛けてくる。そして、


『あの時は悪かったな。一方的に怒って、電話 切っちゃったもんな・・・』


 あの後、ずっと謝りたかったそうなのだが、どうにもバツが悪くて電話をしあぐねていたのだという。

 何だ気にしてたのか、気性の優しい兄貴らしいな、と坂田くんは微笑ましい気分になったが、しかしここで「気にしてないよ、それじゃ」と あっさり電話を切るわけにもいかない。

 敢えて不機嫌なフリをして、食いついてみようと思ったのである。


「まったくだよ兄貴。俺、せっかく兄貴に相談したくて電話したのによぅ」

『だから悪かったよ・・・ お前があんな話をするもんだから』

「あんな話、って。何であの時、兄貴はあんなに怒ったの?もしかして、光る箱のことについて、何か知ってるんじゃねぇの?」

『う、うーん』


 お兄さんは、言葉に詰まった。

 しらばっくれているのか?と感じた坂田くんは畳みかける。


「兄貴は俺が嘘でもついてるって考えてんのか?それとも、変な話して、からかおうとしてるとでも思ったのか。確かにあの話はかなり現実離れしてるかも知れないけど、俺の記憶の中には確かにあるモンだから、思い出して気味悪くなったから、相談しようとしたわけなんだよ。それを・・・」


『いや、いや。悪かった。俺が悪かった。話すよ。あの時なんであんなに怒ったのか、本当のことを話す』



 お兄さんが話してくれた〝本当のこと〟は、次の通りだった。



 いきなり弟から電話を貰い、「中坊の時の変な体験について聞いてほしい」と言われたお兄さんは、正直「こいつ、何かを思い詰めてるんじゃないだろうか」と感じたそうだ。

 直接連絡を寄越すことすら珍しい弟なのに、いざその連絡が来てみれば、「どうしたのだろう」とこちらが思う間もなく、何だかわけのわからない昔の話を聞かせようとしてくる。少し心が参っているんじゃないかと、真摯に心配したのだという。

 更に、有無を言わさず語りだされたその話が、何やら怪談じみたようなSFじみたような、信じられない展開の不思議な体験談だったので、お兄さんはいよいよ「こいつマジで大丈夫か」と懸念を深めたのである。


 だが。


 お兄さんは、そこで妙な感覚を覚える。


 あれ?この話、知ってるぞ??


 坂田くんが〝細い煙〟を見つけて神社の境内に向かうくだりになって、お兄さんは「そうそう、この後、おかしな生き物が出てくるんだよな」と、何故かまだ聞きもしていない先の展開について、かなり明瞭なデジャヴを感じたというのだ。


 すると、本当に〝ピンク色をした猿に似た生き物〟が話に登場した。


 ほぅら、やっぱり。お兄さんは何だか嬉しくなり、「次にこの生き物は、手にした箱をお社の前に置いて去っていく」と、またまた先の展開を予知した。


 その通りに話は進んだ。


 お兄さんは、とても心が昂揚して心地よい気持ちになったという。


 まるで、「小さい頃に一度観たアニメを大人になってDVDなんかでもう一度観直して、あ、ここ覚えてる。こういう展開になるんだった、と思い出した時のような、懐かしい満足感」だったのだそうだ。


 次は箱が真っ赤に光り出して、煙がいっぱい出てくるんだよなぁ。


 ウットリしながら、そうお兄さんは思った。弟の口から、その通りの話が語られるのをワクワクしながら待っていたそうなのだが、


「――そしたら箱の光が、真っ青になっちまってよー」


 弟は、自分の予知と違う展開を紡いだ。


「青ォ?!!」


 思わず、素っ頓狂に叫んだという。


 直ぐに弟は、「あ、ごめん。赤だ、赤だった」と訂正したが、自らの期待が裏切られたことに我ながらビックリするくらい腹を立ててしまったお兄さんは、『光る箱の話』が終了するや否や、


「知らん!この忙しい時に、おかしな電話をするな!」


 感情のままに吐き捨て、さっさと通話を切ってしまったのである。


  ※   ※   ※   ※


『・・・ごめんよ。俺、何を言ってるのかわけわかんないな。神経が参ってるのは、俺の方なのかも知れないな』

「いや、兄貴。そうじゃないかも知れない。実は・・・」


 坂田くんは、母親にその話を聞かせた時も「アンタ、その赤い箱に触れたりなんかしてないだろうね!」と強い口調で言われたことを、お兄さんに詳しく説明した。

 『え、おふくろが?』とお兄さんもひどくビックリした様子だった。


『――おふくろ、俺と一緒で先の展開を予知してたのかなぁ。 いや・・・「触れたりなんかしてないだろうね」って言ったってことは、その箱に触れてしまうと大変なことになることを〝知って〟いたってことなのか??』


 うーん・・・と唸って、お兄さんは長考の状態に入ってしまった。

 そしてたっぷり、10秒ほどの沈黙の後に、


『よしわかった。俺がそれとなく、親父やおふくろに聞いてみるよ。光る箱の話。 何かわかったら、直ぐ連絡する。こんな異常な記憶を思い出して不安なのはわかるが、お前もあまり気に病むなよ?』


 お兄さんは頼もしくそう言って、「じゃあな」と電話を切った。

 たっぷり30分は通話していた。

 坂田くんは、どっと疲れが出て、その日は風呂にも入らずに寝てしまったという。


  ※   ※   ※   ※


『と、いうわけなんだよ。マコトくん』


 坂田くんからの報告を聞き、私は今更ながら、唖然となってしまった。

 数多く実話怪談を取材し、またプロの方が書いた怪談本も多く読んできたつもりだが、類似の話が見つからない奇妙すぎる体験談である。


 光る、煙の箱の話。

 これは坂田くんの家族全体に関係する因縁話のようなものなのか?

 このまま、ネット投稿という形で発表していける類いの話なのか??

 本当に、言いしれぬ不安のようなものを私は感じた。

 どんどん深みにはまっていくタイプの怪談なのではないだろうか、これは――


「・・・しかし、お兄さんがご家族の方を問い質してくれるのだったら、年末に君が里帰りするのを待たずに何らかの進展があるかも知れないね。これから俺も忙しくなるから、タイムリーに箱の話を投稿出来るか自信がないけれど・・・」

『はぁ?あー兄貴のこと?ダメダメ!きっと進展無いよ』


 は?と私が漏らすと、『だって兄貴、ああ見えて気ィ弱いもん』と坂田くん。


『他のことならまだしも、今回は口だけだよ・・・真実を知るのが怖くて、きっと親父にも母ちゃんにも、何にも言えないに決まってるね』


 やっぱ俺がやるっきゃないっしょ!と彼はとても楽しそうに言った。


『続報、お楽しみに!それじゃまた。マコトくん、趣味だけじゃなく仕事も頑張れよ!』


 お気楽な口調でそう締めて、電話は不意に、プツッと切られた。

 私は、またまた唖然となってしまった。




 ――この話は、坂田くんによってもたらされる〝続報〟が「問題なくネット上で発表出来る範囲内」である限り、随時発信していこうと考えている。

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