後編『妖怪』 ~名状しがたい奇妙なる何か、の話~

第14話 畔骨

 ミツヒロさんが小学生の頃、『初夏の体験学習』と銘打ったイベントがあり、子供達だけで田植え仕事を経験した。


 農家の子供たちは「何だこんなもの」という顔をしていたが、はじめて田に入る子供らは「ぬかる、ぬかる」「おたまじゃくしだ!」などと、けっこうはしゃぎまくっていた。

 ミツヒロさんは、後者の子供だった。

 誰かがウシガエルを捕まえてきて子供達が興奮しまくり、田植えが一時ストップしてしまうというハプニングもあったが、ミツヒロさんはそんなサプライズも含め、田植えという『非日常』を、心からエンジョイしていたという。


 と、そんな体験学習も佳境に入ってきた中。

 彼は、自分たちが田植えしている隣の田のあぜのところに、誰かがポツンと座っているのを発見した。

 男の人のようだ。

 ミイラかと思うほどガリガリに痩せ細っており、ほとんど裸に近い格好でボンヤリと田の水に両脚を浸けている。

 その両脚が、遠目に見ても異様に長いのだ。畔端に腰掛けた膝の関節の部分が、少し前屈みになった男の肩の部分に達している。立ち上がればきっと2メートルは優に超え、その身長の3分の2は脚が占めてしまうだろう。

 日焼けの仕方も凄まじい。赤銅色しゃくどういろという表現がぴったりだったとミツヒロさんは言う。

 髪は生えているらしいが、どんな髪型なのかはわからない。

 何なのだろう、あの人は――


「ミツヒロくんも、あれが見えるか」


 いきなり話しかけられ、びっくりして振り返った。

 仲の良い友達、ノリヤスくんのお父さんだった。本職の農家である。

「あれは畔骨あぜぼねだ。ずっと昔から、ここらの田に居るんだ」

 お化け?と聞くと、そんなものだよ、と言われる。

 こんな真っ昼間に、お化け。

「ミツヒロくん、気をつけなさい。あれを見るのは、あまり縁起の良いことではない」

 えぇ?!と思い、ミツヒロさんは『畔骨』に視線を戻した。

 まだ、それは座っている。

 俺も気をつけなくちゃ・・・と言って、ノリヤスくんのお父さんは近くにある自宅の方へ歩いて行った。

 ミツヒロさんも気をつけようと思ったが、何に気をつけていいかわからなかった。



 田植えからの帰り道、

 ミツヒロさんは、不意に目眩を感じてバッタリと倒れ、気を失った。

 ひどい日射病(いまで言う熱中症の一症状)だったそうだ。

 気がつくと病院のベッドで、担任の先生と両親が付き添ってくれていた。「畔骨を見たらこうなってしまうのだなぁ」と思い、震えがきたという。

 

 ノリヤスくんのお父さんは、その日の夜、自宅トイレで倒れた。

 急性くも膜下出血だった。

 家族が直ぐに見つけ、病院に救急搬送されたが、処置の甲斐無く、帰らぬ人となった。



 ミツヒロさんは後年、付近の農家の人に『畔骨』のことについていろいろ聞いたみたが、誰もが「そんなものは見たことも聞いたこともない」と答えた。

 いまだに解せない、という。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る