第6話 フランス人形

 現役高校生の理悠斗りゅうとくんが、小学五年生の頃の話。

 ある夏の、暑い昼下がり。彼の部屋には5人ほどの友達が集い、ゲームに熱中していた。


 と、そんな中、一人の子が素っ頓狂な声を上げる。


「窓のさんのところに、何かいる!」


 え。何が。 場の空気が変わった。


「ただのビール瓶じゃね?」

「いや、イモムシだ。動いてる!」

「でかすぎだろう」

「気味悪ィ!!」


 友達らは、もうゲームそっちのけで窓の方を指さし、怯えている。


 理悠斗くんは、「何言ってんだ」と思った。


 彼だけには、何も見えなかったのだ。


 皆の話を総括すると、「ビール瓶ほどもあるでっかいイモムシのようなものが、窓の桟のあたりに身を横たえて、グネグネと動いている」らしいのだが。


 事態を飲み込めずに呆然と黙っていると、一人の子が「みんな何言ってんだ」と怪訝そうな声を出した。


「あれはイモムシじゃないよ。手足のないフランス人形じゃないか」


 いいやイモムシだ、違うよ裸のフランス人形だ・・・ 友達らは、口論をはじめる。

 理悠斗くんにはまったく理解出来ない言い争い。

 ただ一つわかっているのは、 場が完全に白けてしまったことだけだった。


「――俺、帰る。なんか怖い」

「俺も。じゃあな、リューちゃん」


 ほとんど一斉に、友達らは彼の部屋を出て行った。中には「おじゃましましたー」とも言わず、慌てて外へ駆け出すものもいた。


 ポツンと一人取り残され、窓の方を凝視してみたが。

 理悠斗くんにはやはり、何も見えなかった。

 彼の頭の中には、以前テレビの番組で知った『集団ヒステリー』という言葉が浮かんでいた。


「みんなビビりだから、何かの拍子に全員揃って同じような幻を見たんだ。何もこれは、非科学的なものじゃない」


 とは言っても何だか薄気味悪かったので、出来るだけ窓の近くには寄らないようになった。



 翌年の2月。


 すべてを『集団ヒステリー』のせいにした理悠斗くんは、その説を撤回しなければならなくなる。


 彼の部屋でイモムシのようなものを見た友達が、全員揃って同じ日にインフルエンザを発症。長く学校を休むこととなる。


 特に「あれはフランス人形だ」と言った子は、A型インフルの後にB型を連続発症。それをこじらせ、本当に生死の境をさまようこととなった。

 一ヶ月以上も学校を休んだ彼は、学年が上がってからやっと登校してきた。そして違うクラスになってしまった理悠斗くんにわざわざ会いに来て、


「な。やっぱりフランス人形だっただろ」


 気をつけろよ、と言って肩を叩いたという。



  ※   ※   ※   ※


「自分の部屋が怖い?人形が怖い?」


 私の問いかけに、理悠斗くんは小さく「うん」と答えた。


 しかし何より。

 自分にだけは見えず、自分にだけは危害も加えない何かが自分の部屋にいる、という状況自体がとても怖いと、理悠斗くんは俯きながら語った。

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