第5話 ヒカルケムリノハコ~2017~

 中学の時の友人、坂田くんによる『奇妙な生物』と『光る煙の箱』の目撃談。


 長らく忘れていたこの話を私が思い出したのは、前作『~4%の魔石~』を執筆していた頃、ラストに用意していた話の公開許可を差し止められた時だった。


 最悪の場合は代理の話を挿入せねばなるまいと思い、今まで集めた怪談をもう一度 整理し直していた時、


「そういえば、中学の頃にあんなことがあったなぁ」


 本当に ぽろりと、記憶の隅から坂田くんから聞いた話が転がり出てきたのである。


 しかし一方。何度 思い返してみても、これを大トリに持ってくるには、いまいちパンチの弱さが否めない。

 まぁ、もう一度忘れてしまわぬように心に留めておこう―― その時は、そのくらいの気持ちだった。


 やがて、紆余曲折の末に『~4%の魔石~』は完成。

 その後 本職の方も落ち着いた為、私は例の話についてもう一度詳しく、坂田くんに聞き取りをしなければなるまい、と思い立った。

 ネタは、多いに超したことはないのである。

 が、坂田くんとは中学卒業以来、一度も顔を合わせていない。いきなりコンタクトをとるのも迷惑かと思い、私と彼と共通の友人に現在の坂田くんについて尋ねてみたところ、


「ああ。あいつ今、広島の方にいるよ」


 地元を離れているらしい。人を頼って良かった、と思う。


「俺、ときどきアイツと電話でダベるから。良かったらマコトのこと、言っといてやろうか?」


 それは助かるよ、と言った直後だった。

 その友人は、おもむろにスマホを取り出し、もう直ぐさま、坂田くんに電話をかけはじめたのだ。

 今からか?! と私が驚いている合間に、相手は直ぐに出たようだった。二言三言、事情のやりとりがあり、


「はい、マコト。今、話せるってさ」


 呆気にとられながらも、「持つべきものは友達だ」と心の底から感謝する。


「――もしもし?坂田くん? 久しぶりィ!」

「あーっ、マコトくん!どしたの、どしたの。話したい事って、何?」


 突然の展開に互いに面食らいながらも、私は「いきなりヘンな話をして悪いけど・・・」と前置きし、例の光る箱についての思い出を彼に語った。


「えぇっ。よくそんな どーでもいいこと覚えてるな。相変わらずだな!」


 どうやら、彼も覚えているらしい。「懐かしい、懐かしい」としきりに連呼している。


 私は、自分が小説投稿サイトに作品をいくつか発表していることを彼に説明し、その中でも最近、実話怪談に熱を入れている旨を語った。

 そしてあわよくば、坂田くんの体験談をネットに公表したいと考えているので、正式にその許可を頂きたい。更に、物語の骨格を補強していきたいと考えているので、細かいディティールの部分を改めてご教授願いたい、と申し出たわけである。


 坂田くんは、「OK、OK。ぜんぜんOK!」と快い返事をくれた。

 話の本筋は、ほとんど私が覚えていた通り。「キミ、俺より詳しいんじゃないの?」と冗談めかしながら、坂田くんは細かい点を丁寧にアドバイスしてくれた。


「ありがとう、坂田くん。今度帰ってきた時、一緒に飲もうや」

「おお、喜んで、絶対連絡すっから。ゴチになります、なんちゃって!」


 最後に連絡先を交換し合い、和やかムードのまま「それでは」と電話を切った。

 久々にスムーズな取材でもあったが、何より、長く逢わなかった友人と旧交を温めることが出来たことは大きな収穫だった。電話をとり継いでくれた友達にも何度も何度もお礼を言い、とてもいい気分ですべては終了と相成った。


  ※   ※   ※   ※


 ――その日の、午後9時過ぎのことである。


『マコトくん、ちょっといいか?』


 私が飽きるほど観まくったDVDをBGM代わりにして執筆活動をしていた最中、坂田くんからいきなりの電話がかかってきた。


『実は、あの後さ・・・「光る箱の話」について、ちょっと気になることがあったんだ』


 以下、その時の電話のやりとりを、出来るだけ克明に再現する。



  ※   ※   ※   ※


「どうしたの、坂田くん。何があったって?」


『ウン。実はあの時さ。たまたま、実家から母ちゃんが来てたんだよ。3日前から泊まって、食事とか作ってくれてたんだけどさ・・・マコトくんから電話もらった後、「ずいぶん長電話だったけど誰から?」って母ちゃんが言ったんで、「中学ん時の同級生だよ」って。「俺が昔話した宇宙人の話をもう一度聞きたいっていうから、話してやったんだよ」っつったら、「それどんな話?」って興味持たれたんでさ』


「うん、うん」


『ちょっとメンド臭かったんだけど、最初っから話してやったんだよ・・・そしたら母ちゃん、ピンク色の生き物がお社の前に例の箱を置いたくだりで、急に顔色が変わってね。「アンタ、その赤い箱に触れたりなんかしてないだろうね!」って、いきなりキレるわけ』


『えっ、赤い箱?!』


『そうだよ。俺、まだ言ってないんだよ。近寄ろうとしたら、箱が赤く光り出したってトコをさ・・・』


「お母さんは当然、その話は はじめて聞くんだよね」


『ああ。20年前は、絶対しゃべってない。 ・・・で、「触っちゃいないよ、そんな気味悪いモノ」って答えたら、「――そうかい、そんならいいんだよ」って。素っ気なく 話、終わらせちゃって』


「――――」


『何だかそれから不機嫌になってよ・・・そそくさと、帰っちゃったの。まぁ、今日中には帰る予定だったんだけどさ・・・ どうにも腑に落ちなくてね。地元にいる兄貴に、電話してみたんだ』


「お兄さん? ああ、あのガタイのいい人・・・ 電話したの?どうして?」


『ああ。確かめたかったんだ。「兄貴ィ、俺、中坊の時んことで思い出した事件があるんだけどよ、あんまり奇妙な記憶なもんで、念のため兄貴にも聞いてほしいんだ」って切り出して、例の話をしてやったんだけど』


「ふぅん?」


『・・・・・・わざとね、「箱が赤く光りだした」ってトコを、「青く光りだした」って言い換えたんだ』


「えっ。そしたら・・・?」


『兄貴、それまで黙って相槌あいづちうちながら聞いてくれてたんだけど・・・いきなり裏返ったでっかい声で、「青ォ?!」って。「そうじゃないだろォ?!」みたいなノリで』


「――おいおいおい・・・」


『あ、違った。赤だ、赤・・・って俺が訂正したら、兄貴、急にムッツリになっちゃってな・・・全部話し終えて、「兄貴どう思う?」って尋ねたら、「知らん!この忙しい時に、おかしな電話をするな!」って。一方的に、切られちゃった』


「・・・・・・ちょっと待てよ。つまり、それって・・・」



『――マコトくん。うちの家族、あの光る箱について、何か知ってるかも知れない』



  ※   ※   ※   ※


 坂田くんは、今年の年末に帰郷し、正月三日くらいまで滞在するという。


『そん時、絶対に家族から真相聞き出してやる!進展があったら、マコトくんにもソッコーで教えてやるから。期待しててな!』


 活き活きした調子で語る彼に対し、一方の私は―― 正直、強い罪悪感のようなものを感じていた。

 自分が、忘れかけていたような昔の怪談を蒸し返したばっかりに、おかしな方向に話が進んでしまって・・・更に、彼の家族まで巻き込んでしまう形となって・・・

 これから事態は、どうなってしまうのだろう?


『心配してくれるなよ』


 坂田くんは、無責任なくらいライトな口調で慰めてくれた。


『正直、社会人になってから毎日毎日、ルーティーンワークの繰り返しでヘキエキしてたんだけどよ。マコトくんが光る箱の話をしてくれたおかげで、何だかさぁ。何だか、中坊ん時のワクワクがさぁ、よみがえってきた感じだわ。こういうの、ほんと久しぶり。俺、今すっごく楽しいよ!』


 実家に帰ってきたら、親父にも光る箱の話をしてみるつもりだ、と彼は嬉しそうに語った。




 坂田くんと、『光る煙の箱』(もしくは宇宙人?またはUFO?)についての話は、新たな展開があり次第、続編を発表するつもりである。

 

 しかしまぁ、何よりも。


 ――この話が、坂田くんや 彼の一家に悪い影響を与えないことを――


 私はこの日以来ずっと、切に願っている。

 

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