第4話 ヒカルケムリノハコ ~1996~

 これは私が中学二年生の頃―― つまり実話怪談などというものは名前も知らず、ましてやそれを蒐集しようなどとは夢にも考えて居なかった頃に―― クラスメイトの坂田くんが、興奮気味に語ってくれた奇妙な話である。



 季節が、夏から秋に移り変わっていこうとしていたある日。

 坂田くんが、学校帰りのおもちゃ屋で予約していたゲームを買い、自転車を漕ぎながら家路を急いでいた時のことだという。


 一刻も早く、家に帰ってゲームをはじめたかった坂田くんは、かなりの猛スピードでチャリンコを飛ばしていたらしい。

 商店街を通り過ぎ、川沿いの歩道を快速で抜ける。

 そして、小さな時分から良く見知っていた とある神社の前を通り過ぎようとした時――

 彼は不意に、おかしなものを見つけた。


 神社の敷地内から、一筋の白い煙が、スゥーッと立ち上っている。


(・・・・・・??)


 まるで何かの狼煙のろしのように彼は感じた。

 ゲームはさておき。 何とも言えず興味をそそられたらしい。

 だから、自転車を脇に停め、鳥居を潜ったのである。


 石段をのぼり、拝殿の見えるところまで参道を歩いた。

 くだんの細い煙は、お社から向かって右手にある繁みの中から上がっていた。


(あれ。これ、ヤバい状況なんじゃないか・・・?)


 境内で煙草を吸って、それをポイ捨てしたした罰当たりが居たとする。煙草は繁みの中に落ち、いま、それが燻っているのでは――


 坂田くんの脳裏に、そんな直感が浮かんだ。血の気が引いてきた。


 人を呼ぼう、と考えたが、直ぐに躊躇した。

 「お前が吸った煙草じゃないのか」と詰問されたらどうしよう、とも考えたのだ。

 板挟み的な状況で坂田くんがおろおろしていると、繁みがガサガサと音をたてた。

 そしてそこから、繁みをかき分けるように『生き物』が現れた。


「は」


 何だあれ。 坂田くんの視線は、それに釘付けになる。


 ツルンとした質感の、ピンク色の肌をした二足歩行の何か。


 見た目も大きさも 毛皮を剥かれた猿のようにも見えるが、その歩き方は「芸をする猫が数歩ばかり立って歩くように」たどたどしいものだったと坂田くんは語っている。

 だが、そんな歩調のまま、その『何か』は既にもう数メートルは移動していた。

 しかも。その両手には、ピカピカと鋭い光を反射する小さな箱のような物体が、大事そうに抱えられているのだ。


 白く細い煙は、その箱から発せられていた。

 不思議なことに、『ピンクの生き物』が歩いている最中にも、その煙が「後方に たなびいた」記憶が坂田くんには無いのだそうだ。つまり煙は、ずっと一直線に ――物理的に考えれば、そんなことはあるわけがないのだが―― その箱から、立ち上っていたのである。


 そいつは、拝殿の前までヨロヨロと来て、止まった。

 腰を屈め、自らが持ってきた光る小さな箱を、その場に置く。

 そして、


(うわ・・・)


 直後、狂ったようにぶるぶると震えだした。

 小さなピンクの身体が、まるで引きつけでも起こしたように、立ったまま激しく震えはじめたのだ。


 しかしそれは、(坂田くんの体感時間で)1分も経たないうちにおさまり、

 生き物は、さっきとまったく同じ歩き方で―― 今来たルートを、引き返していった。

 繁みの中に、またガサガサと分け入って姿を消してしまったのだ。


(・・・・・・何だ、今のは・・・・・・)


 繁みの揺れがおさまると同時に、坂田くんの好奇心は再び復活した。

 拝殿の前には、まだあの光る箱があり、細い煙を生み出し続けている。

 見てやろう、と思った。

 とにかく、深いことは何も考えず、「この謎の箱をじっくり確かめたい」という単純な動機に突き動かされ、彼は繁みの方をなにげに気にしながら、拝殿の方へと足を進めた。


 だが。


「わ、わわっ?!」


 そんな彼に反応するように、箱はひときわ、ピカピカ!っと赤くきらめいた。

 同時に、発散される煙の量が、明らかに多くなった。立ち上る煙の幅、最初は指二本くらいの太さだったものが、今では腕周りくらいの太さにまで膨れあがっている。


 本能的に、これは良くないと思った。

 転げるように石段を駆け下り、自転車にまたがり、脇目も振らずに家まで飛ばして、直ぐさま自分の部屋に駆け込んだという。

 その日は一度も家から出なかったし、窓から外も見なかった。


 ――翌日。

 早朝、坂田くんが おそるおそる外へ出てみると、あの細い煙は、もう見えなかった。

 学校へ行く途中に神社にも寄ってみたが、箱はもう忽然と姿を消していた。

 安心した彼が、ふと何気なく、昨日煙が立ち上っていた空へと目をやってみると・・・


「えっ、うそ!」


 その遙かな上空には、昨日の箱が「真っ赤に光った時」と同じフラッシュを発する、ビー玉ほどの大きさの光の玉が、「8の字を描くように」すごいスピードで飛んでいた。

 が、やがて何の前触れもなく、


「・・・・・・消えた」


 ふ、っと。 消滅してしまったそうだ。


(そうか。あのピンク色のヤツは宇宙人だったんだな。あの箱は、おそらくUFOを呼ぶための機械か何かだったんだろうな・・・)


 坂田くんは、そういう風に納得した。納得せざるを得なかった、のかも知れない。

 そしてその日のうち、興奮冷めやらぬままに登校した彼は、私をはじめとする数人の仲の良い同級生に、一連の出来事を熱く語ったのである。


「ええ!ナニそれ、マジで怖ェー!」

「絶対、宇宙人だって。やばい、やばいし」

「気をつけろよ坂田!UFOに誘拐されるぞ、おめー」


 我々は、沸きに沸いた。坂田くんはお調子者だったが、決して嘘をつくような性格ではなかったので、みんなほとんど、彼の言うことを信じていたのだろう。

 友人が盛り上がってくれたおかげか、坂田くん本人も得意げな顔だった。今で言う『どや顔』である。


 よくよく考えてみれば、おかしな点も多い。百歩譲ってピンク色の生き物が宇宙人だとし、不思議な箱を使ってUFOを呼んだとする。

 しかし、UFOを召還する方法が『狼煙』だというのはどうだろうか。

 『狼煙』によってやって来たUFOは、何故に翌日の朝 神社に向かった坂田くんに8の字飛行を披露しているのだろうか。彼が神社に到着した頃、ちょうどUFOも宇宙人を乗せて、地球から遙か彼方へ帰る途中だったとでもいうのだろうか。


 だが、珍奇なものを日々求めているといって過言ではない当時の田舎の中学生らは、ある意味 思考停止状態で『未知との遭遇』経験者、坂田くんを讃えた。


「坂田。お前、すげーの見たなぁ」

「今度、みんなで神社に行こうぜ!宇宙人実在の証拠を探そう!」


 彼は一躍、ヒーローとなった。ヒーローは、終始「へへへへ♪」と笑っていた。


 しかし。

 それから、三日後のこと。


「なぁみんな。神社には、いつ行くの?」

「へ?神社?」

「神社、って何だっけ?」

「・・・・・・・・・・・・」


 早くも賞味期限が過ぎたのだ。皆は既に、坂田くんの怪奇談を忘れ去っていた。

 坂田くんも、興味をなくした相手に対してあえて不思議体験をゴリ押しするつもりは無かったらしい。UFO熱を蒸し返すようなことは、特に何も言わなかった。


 光る煙の箱の話は、やがて完全に、皆の記憶から失われてしまった。

 

 ――20年近い歳月を経て、再び よみがえるまでは。

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