第3話 今千

 師走の、せわしい時期の出来事だったという。


 石市いしいちさんの働く飲食店の備え付け電話が、ある日の夕刻、高々とコール音を鳴らした。

 電話に近い位置にいた彼は、「はい-!」と駆け寄り、受話器に手をかけながらディスプレイを確認する。

 ここには通話相手の電話番号が表示される。設定していれば相手方の名前もわかる。

 文字が出ていた。

 (お得意さんか、業者だ) そう思いながら受話器をとったが、



 【渡しは死ん出今千】



(はっ・・・?)


 ――受話器を耳に当てる直前だった。

 その字を文章として読んだ石市さんは、ギョッとして反射的に電話を切っていた。


 ・・・今のは何だ、としばらく逡巡した後、受信記録を確かめてみた。

 先の電話は、非通知扱いになっていた。



 今でも目が回るほど忙しい年末の自分になると、石市さんはこの時のことを鮮明に思い出す。

 そして、「どんなにバタバタしていても、しっかり表示を確かめて電話をとろう」と自分自身に言い聞かすのだそうだ。

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