第2話 廃車の下

「・・・そう言えば、前働いてた職場の工場長が、一回だけこんな話してくれたなぁ。何か面白い話してくださいよ~って、後輩らからムチャ振りされて」


 前作、『~4%の魔石~』に『赤弊』という怪談を提供してくれた田端くんが、「他に何か怖い話とか知らない?」という私のムチャ振りに対し、教えてくれた一話である。

 つまり、この話は(言い方は悪いが)又聞き、という形となる。


「ほんとかどうか知らないすよ・・・ かなり前の話らしいですけど」


  ※   ※   ※   ※


 今から15年ほど前。工場長が、まだ工場長になる以前の話。


 彼の通勤路に、鬱蒼と草のい茂る空き地があった。


 そしてそこには、初めて通る人間であれば誰しもが目を引かれるであろう『あるもの』が、静かに存在していた。


 ――知らぬ者はいないほど有名な、某高級外車、

 ――の、なれの果て。


 ボディの塗装すら剥げて見る影もなくなったそれは、いつから放置してあるのか誰も知らなかった。バブルが弾けて間もなくの頃、気がついたらそこにあったというのが近所の人間の定説であったが、いやもっと昔からあったという者もいて、至極はっきりしない。

 つまり、少なくとも90年代のあたま頃から、ずっと廃車だったというわけだ。

 不思議と撤去しようとする者もおらず、まるでそこの主のようであった、と工場長は語っていたらしい。


 ある日の朝。


 工場長が出勤のためにいつもの道を自転車で飛ばしていると、不意にその廃車の周りに、いつに無い人だかりが出来ているのに気づいた。

 見れば、パトカーまで2台も止まっている。

 おや、ただ事ではないぞ と思った彼は、即決して自転車を降り、野次馬の一人となった。

 まずは、状況確認だ。先達の一人に、話しかけてみる。


「どうしたんですか、事件?」

「へ?いや、あの外車。知ってる?放置車」

「ええ、いつも見てます。あれが何かなったんすか」

「それがね、警察に通報が来たらしいんだよ。異臭がするって。この車から」

「異臭?腐ったような臭いとか?」

「そう。そうらしいんだけど」

「・・・しないじゃないですか、異臭」

「ウン。しないよね。だけど、」


 一番最初の警官が到着した時には、まだ猛烈な腐臭が漂っていたのだという。


 だが、それは5分とも経たぬうちに跡形もなく消えてしまったので、

 通報者も、確かに臭いを嗅いだ警官も、狐に抓まれたようになってしまったというのだ。


「でね、今、車まわりを入念に調べてた警察屋さんが、下の方に何か見つけたらしい」

「下の方?」


 なるほど、幾人かの男性が車検の要領で車体の下に潜り込み、何かをせっせと取り出している。見れば、黒く染められた形跡のある木片だ。

 しかし、こんなものが生き物の腐ったような臭いを発するものなのか。

 工場長が「ふぅん?」と首を傾げていると、いきなり場に「あっ!」という声が上がった。


「観音様だ。ちっちゃい観音様!!」


 車体の下に潜っていた一人が、右手に持った金色のものを高々と掲げていた。

 確かに、小さな観音像。

 そこで初めて、一同はこの木片の正体を「バラバラに破壊された仏壇のカケラ」だと悟ったのである。


  ※   ※   ※   ※


「――で、おそらく十年以上もそこに放置されてた廃車はその日のうちに仏壇のカケラと一緒に撤去されて。夕方には坊主が来て、何もない草場にお経あげてたそうですよ」


 笑えますよね、と田端くんは唇を歪める。

 別に笑えはしないが。私は、ちょっと気になったことがあったので、尋ねてみる。


「やけに詳しく覚えているね。一回しか聞かなかったって最初に言ってたけど?」

「ああ。ラストが印象的でしたから。同期の若いのが興味持っちゃって、根掘り葉掘り、工場長嫌がってんのに、細かいとこまで質問したもんだから。記憶に残っちゃったんだなぁ」

「印象的なラスト?」

「はい。まだ続きがあるんですよ」


  ※   ※   ※   ※


 工場長が。その日の仕事を終え、家に帰ると。


 ポケットから、黒い木片が姿を現した。


 あら。


 ・・・あの仏壇のカケラ、か?


 ――おい。なぜ?


 何で、どうして俺のポケットの中に?こんなものが?

 入り込むわけ、ないだろう?離れた場所で見てた筈なのに――


 冷たいものが背筋を走ったという。


 焼こう、と突発的に思った。彼は灰皿を持ってきて、その上に木片を乗せ、ライターで火をつけた。


 ものすごくいい臭いが漂ってきた。



 ――気づけば、翌日のお昼だった。

 よだれと鼻水で、着ていた服の前がビッチョリとなっていた。


 あまりの良い香りにうっとりとなっている間に、異様に長い時間が経過していたらしかった。



 香りは鼻の奥にずっと残り、一週間くらい、頭がボーッとしていたと。

 ――ある日の昼休み。工場長は田端くん達に語ったのだという。

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