第15話 嫌悪(パート6)

 夜の新宿、歌舞伎町の小路にある黒い建物の4F。やけに暗いアジアンテイストのバーに真田はやってきた。店のフロントの小柄なタイ人女性に待ち合わせの旨を告げると、女性は流暢な日本語で真田を奥へと案内した。


 店の中央にある矩形のバーカウンターに通された。そこで待っていた小池が、真田を見つけて立ち上がり、慇懃にお辞儀をした。


「真田さん、急にお呼び立てししてしまい、本当に申し訳ありません。」

 本来小池と真田はこんな社交辞令を言うような他人行儀の関係ではないし、ましてや次のようなセリフを真田が言うことになるなどとは、かつての二人なら考えもしなかったはずだ。

「忙しいからさ、用件あるなら手短に頼みますよ。」

 小池は、変わり果てた真田の雰囲気に一瞬動揺の表情を見せたが、すぐに誠実そうな顔になって、真田に席を促した。


 木製の東南アジア製のスツールに腰掛け、真田がタイのビールを注文する。

「真田さん。本当になんて言ったらいいか。」

「は?」

「うちの村の、明智のことです。」

「ああ、あのおっさんね。あいつは来てないの?」

 まさか来ていまい、真田はそう思いながらも尋ねた。

「実は、来ております。」

 意表を突かれた真田は、ウェイトレスの運んできたビールを受け取り損ないそうになった。

「あ、来ているというのは、新宿にです。このお店に来るわけではないです。」

 新宿に公用があり、村の上役と小池、そして明智の3人で、1泊出張中なのだという。


 明智が近くにいる。

 そう知って、真田の機嫌はますます悪くなった。


 普段明智に言っている罵りの言葉を、筋違いに小池にまで浴びせていく。

「だからさ、もうあの村の人間は誰も信用できないわけ。小池君のこともね。」


 真田の理不尽は度を越していた。

 詳しい事情を知らずとも、会話を聞いている誰もが、真田の言っていることがおかしいと感じるほどに。


 しかし、小池は理不尽な真田の言葉の一つ一つに相槌を打ちながら、

「そういう思いをさせてしまったのは、僕の力が足りないせいです。」

 だとか

「本当にそうですよね。真田さんが悪いわけではないのに。ご心労お察し致します。」

「僕が真田さんの立場だったら、きっと耐えられないです。真田さんはすごいですね。」

 などと、真田の言葉に怒りを表すどころか、むしろ真田に寄り添うような応対に努めていた。

 そんなやり取りが1時間ほど続いた頃、真田の心の中に不思議な変化が起きてきた。自分の心の奥にある、自分以外誰もいない小部屋。小池とは、その部屋で話しているような感覚になっていた。

「そう、そうなんだよ。なんでみんなわかってくれないのかな。」

「そうか、そう考えると、この俺もよくやってるよね。」

ふてくされた表情の真田は、穏やかな表情の彼に取って代わっていた。

「小池君、君本当に話がわかるね。いや、なんだか変な態度をとっちゃって本当にごめん。」

「いえいえ、気にしないでください。もとより、明智の理不尽が端緒ですから。」

 真田の機嫌はどんどん良くなっていく。さほどの酒が入っていたわけではない。完全に孤立していた真田にとって、話を聞いてくれて、肯定してくれる小池がありがたかった。


 小池は味方。真田はそのように認識した。

 その途端、真田の理不尽さが完全に融解した。とともに、真田の視界を覆っていた、薄暗い疑心暗鬼のモヤがどこかに霧散していった。


 自分が冷静になってきたこと、これまでいかに冷静じゃなかったかを、突然真田は自覚した。


 その瞬間、あたりの景色が真田を中心に高速回転を始めた。

(リバート・・・)


 時空のトリップの中で、真田はさきほどの小池の対応の仕方から、自分が新しいメソッドを習得したことに気づいていた。


(理不尽・・・ブレイク!)

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