第14話 嫌悪(パート5)

 抗争がはじまり、約1ヶ月が経った。


 電話でのいさかいはますますヒートアップしている。大長編のメールを一心不乱に打っては、返ってきたメールを読みながら唇を震わせるその姿。ミスターパーフェクトと呼ばれて久しい、あの真田がこんなことになると想像できた同僚は、おそらくひとりとしていなかった。


 ”爽やかさに磨きのかかった”ひと月前が嘘のように、真田は変わってしまった。カサついた肌に雑多にちらかした無精髭。誰が見ても無造作ヘアとは言えない寝癖頭が、姿勢の悪い猫背の上に力なく乗っている。そうしてやつれているように見えて、やけ食いがたたり腹回りだけは大きくなっていた。


 明智との常軌を逸した争いのせいで、真田の日々は最悪だった。鹿原村以外のクライアントとの関係も悪化し、真田の関わる全てのプロジェクトに不協和音が響いていた。


 毎日不機嫌な真田に対し、最初は優しく気を使っていた周りの面々も、今ではすっかり真田を腫れ物扱いしている。


 当の本人は、ついにそんな同僚に向けて社内でも爆発した。なんで俺が悪者扱いされてるんだよ!天井がビリつくような大声を上げ、一夜明けた今日、同僚たちとの溝は更に深まっていた。


「ちくしょう・・・」


 自席で下を向き、小さな声で独り言を繰り返す真田は、明智との遭遇依頼、まちがいなく錯乱状態を続けていた。明智との負のキャッチボールが、本来善良であったはずの真田を底知れぬ闇に引きずり込んでいた。


「あのぅ、真田さん?」

 遠慮がちに尾形が声を掛ける。

「鹿原村の小池さんからお電話ですけど、どうします?」

 本来尾形が気を遣う必要のない状況だし、真田が自分への電話を取り次ぐ人間に文句を言える筋合いでない。だが、真田はあくまでふてぶてしく答える。

「小池さん?あー。別に出てもいいけど。」


 親交の深かった小池からの、明智抗争以来初めてのコンタクトだった。悲しいことであるが、真田は憎悪の感情に支配され、合理性や人間的であることの大切さを見失っていた。


「あー、小池さん。どうも。」

 あまりにそっけない真田の第一声に対し、対する小池はそれを予期していたかのようは反応を見せた。

「真田さん。本当に申し訳ないです。いろいろとお話したいことがありまして、今夜、新宿で会えませんか?」

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