第13話 嫌悪(パート4)

 しばらく呆然としていた彼は、遅れてやってきた自らの怒りのマグマで意識を取り戻した。

(なんなんだっ、このメールは!何を言ってやがる!)


 明智のメールに書いてあることは、まったくもって荒唐無稽だった。

 バグが多いというが、このシステムはとうに安定運用期に入っており、真田の見る限りバグはたやすく見つからない状態だ。今どきと思えないUIというのは、当たり前だ。なにぜ5年前に開発したものである。動作が重くなるというのも、前任の小池が担当していた時代から一度も報告されたことがない。手書きで仕事したほうが百倍早いなど、そんなわけがない。


 完全なる言いがかりである。


 損しない一次応答をマスターしたつもりの真田だったが、このレベルの言いがかりのメールを前にして冷静でいることはできなかった。


「真田さん、どうしたの?大丈夫?」

 怒りの表情でタイピングを開始した真田の様子を見て、ありさが声を掛ける。が、真田の耳には入らない。


 ディスプレイを親の仇のように睨みつけながら、瞬きも忘れて返信メールに怒りをぶつけていく。


 その様子を見た春山田は、彼にしては珍しく顔を曇らせた。

(おや、真田くん。さてはダークサイトへ引きずり込まれたな。)


 オフィスに響き渡るような真田の打鍵。一番最後の打鍵はひときわ大きな音で打ち込まれた。怒りで綴られた文章が、鹿原村に光の速さで飛んでいく。


 メールの文脈は、怒りのせいでかなり乱れていた。論理的に構成された文章とは言い難い。件名の”言っている意味がわかりませんが。”と同じ文が、本文にも10回ほど登場している。


 1行で要約するならば、”無礼なのはあなたなので、そのお礼にこちらも無礼な言葉を2倍にしてお返しします”といったメールだった。


 真田はそのメールを送ったあともディスプレイをにらみ続けている。そこに外線がかかってきた。ディスプレイに表示された”シカバラムラ”の文字を見て、真田はケンカ相手の胸ぐらをつかむかのような勢いで受話器を取り上げた。


 真田は、あえて名乗らず無言で相手の声を待つ。たまらず、怒りで震える明智の声が漏れ出る。

「おい。早く真田につなげ。」

「それならもう、つながってますが。」

「・・・さっきのメール、何?無礼すぎるだろ。詫びろ。」

「それはこちらのセリフなんですが。」

「なぁ、こっちは客だぞ。どういう了見で・・・」


 こんな感じで、互いに、時に底冷えするほど冷淡に、時に建物の外に聞こえるほどの怒声で、お互いを罵りあった。1時間もの間この電話ケンカは続き、それを聞かされた尾形らオフィスの人間は、もうすっかりげんなりしてしまっていた。


 ランプノートと鹿原村の、抗争の幕開けである。

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