第10話 嫌悪(パート1)

 梅雨の午前中。ときおり顔を覗かせる太陽は、蒸し暑さをさらにひどくする。そんな季節なのに、真田の機嫌はことさら良かった。”チケット徹底”、”損しない一次応答”。重要な2つのメソッドを習得した真田は、このところリバートに頼ることなく素晴らしい仕事ぶりを発揮していた。春山田を始め、社内の面々が真田の活躍ぶりに目を見張っていて、真田自身にも十分にその実感がある。この充実感が、彼の心の中に爽やかな風を吹かせているのだ。


 真田が傘を畳んでオフィスビルに入ると、ちょうどそこに傘をたたむ尾形の背中があった。

「尾形、おはよう。」

「おはようござい・・・あれ、真田さん、髪切りました?」

「ああ、久しぶりにイメチェンさ。」

 尾形は相変わらずところどころに如才のなさを見せる。

 二人が廊下を進んでビルのエレベータに乗り込むと、ハイヒールのカツカツとした音が聞こえてきた。すかさず尾形がエレベーターの扉を押さえると、甘いバニラムスクの香りと一緒に軽やかな足取りで美女木ありさが乗り込んできた。

「おはよ。あ、いいじゃん真田さん。爽やかさに磨きがかかってるね。」

 いいじゃん、とは真田の髪型のことだろう。

(え、磨きがかかっている・・・?)

 真田は最近、美女木の自分への態度が以前と比べて明らかに好意的なったと感じている。


 メンバーたちと建設的に進める毎日の開発現場。顧客とプログラマの間に立つ”システムエンジニア”という仕事にやりがいの高まりを感じ、真田はいつになく絶好調だった。


 オフィスに着くと、受話器を肩に挟んだ安村が真田の方を振り返る。

「あ、少々お待ちください。ちょうど真田が参りました。・・・真田君、電話。鹿原村しかばらむらの明智さんとかいう人。」


 この見知らぬ男からの一本の電話で、真田の絶好調期は終了を告げる。

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