第9話 一次応答(パート4)

 春山田、尾形とのやり取りも穏やかに対応して事なきを得た真田は、オフィスを出て銀座のバーのカウンターで一人スコッチを傾けていた。


(今日みたいな対応は、結局リバートしたからできただけなんだよな・・・)


 この日に限らず、このところのリバート後の真田は、そんなことを思いながら一人で思いにふけることが多い。リバートでの挽回だけで良しとしないのは、器が大きいとは決して言えない真田にしてはまず殊勝なところといえるだろう。


 どうしたら、いつでもあのような応対ができるのか。カウンターの向こうで氷を削っている初老のバーテンダーを見ながら、真田は一人ため息を付いた。


「結局のところ、心のゆとりが足りないのかな・・・。」

 真田の独り言に、バーテンダーが穏やかな口調で応えた。

「また、お仕事で気苦労が絶えないのでしょう?」

 白髪混じりのオールバックに、丸メガネをかけた品のいいこのバーテンダーは、名前を吉岡という。日頃から、この吉岡によく話し相手になってもらっている真田だった。

「そう・・・だと思っているんですけどね。どうなのかな。たしかにしんどい日もあるんだけど、別に毎日じゃない。なのに、忙しい日には、昨日も明日も忙しい、そんな気がしちゃうんですよ。」

「いいじゃないですか、それが人ですよ。」

「吉岡さんは違うじゃないですか。どんなに忙しい日でもいつも穏やかで、心に波風が立ってない。」

「はは、そう見えますか。」

「ちがうんですか?」

 乾拭きしていたグラスを置きながら、吉岡は丸メガネの向こうの優しそうな目元

 に微笑を刻む。

「こう見えて、私も根は短気者なんですよ。」

 表情とまるで対照的な発言に驚きながら、真田が問い返す。

「ええ、とてもそう見えないですけど。じゃあ、なにか心がけ、というかコツみたいなものがあるんですか?あるいはきっかけとか。」

「世間は広いですから、もともとの性分で穏やかな人もいるでしょうけど、私の場合は・・・」


 アルコール成分の充満した千代田線に揺られながら、真田は吉岡のセリフを思い出していた。それは、今日の自分には痛いほど身にしみる言葉だった。まさに、そのとおりだと思うのだ。


「苛立ち、焦り、不安、不遜。ネガティブな気持ちは相手にうつり、それは必ず自分の損になるから、です。」


(損得。たしかに、そう考えたほうが実践できる気がする。)

 真田はまたひとつ、リバートを通じて成長のきっかけを手に入れた気がした。

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