第2話 システムエンジニア、真田(パート2)
真田の身に頻繁に起こる、時間の逆流。これまでに何度も体験しているが、理屈は当の本人にも全くわかっていない。ともかく何の因果か不定期に突然発生するこの現象のことを、彼はリバート(revert:元に戻す)と呼んでいる。そのリバートが、今まさに発生したというわけだ。
あらためて腕時計を一瞥し、真田はオフィスに向かって溜池山王の街並を駆け出す。
「真田、戻りました!」
真田のワイシャツのびっしょり具合を見た美女木ありさが、
「もう少し爽やかに帰ってこれないんですか?」
と軽口を叩いて冷笑する。それには応じず、真田は壁際のデスクに座って作業している中年の男性社員に声をかけた。
「ヤスさん、すいません、ちょっといいですか?」
声をかけられた男、安村
「ん、なに?」
安村はプログラマーで、ランプノートでは少数派の既婚者。寡黙で地味な印象の男だが、職人気質の仕事人で真田にとっては頼もしい先輩社員だ。
「こないだ進めてもらっていた、T企画さんのサイトニューアル作業なんですけど、これから本番リリースお願いできますか?」
「え、今から?これからお昼に行こうと思ってるんだけど。」
ディスプレイから真田へ視線を移しながら、安村はすこし憮然として言った。
「本当にすいません、14時きっかりにサイトリニューアルするって約束しちゃってて。」
先刻(未来?)の小川の怒鳴り声を思い出して、真田は身震いする。
「まぁ、リリース作業だけだからいいけどさ。今度からはちゃんと事前に言っておいてもらわないと困るよ。」
そう言いながら安村は、視線をディスプレイに戻して何やらキーボードをたたき始めた。早速作業を開始したようだ。
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
真田は安村の猫背に一礼した。
それから1時間ほどして、T企画の小川から電話があった。
「真田さん、今日のリニューアル作業ありがとね。俺としたことがうっかりリマインドの連絡をし忘れちゃってさ、ほんとごめん。もし真田さんが今日のことを忘れてたらアウトだったよ。いや、さすが真田さんだね。」
手のひらを返したような対応だ。そうだよ、あんたもリマインドするべきだったろ…という思いは噛み殺しつつ、彼は毅然と応じる。
「とんでもないです。先日もしっかりと念を押していただきましたし、我々はお客様とのお約束は決して忘れませんから。」
終始上機嫌な小川との電話を終えると、尾形が羨望の眼差しをもって真田を持ち上げる。
「真田さん、さすがですね!分単位のスケジュールで動く男って感じで、超クールですよ。」
「こんなの、あたり前のことだよ。」
真田は、基本的にお調子者だ。リバートして失敗を回避するのは今回に限ったことではない。回数を重ねるうち、リバートのおかげで獲得する成功に味をしめるようになってしまっていた。
安村がなにか言いたそうに顔を上げて、すぐまたディスプレイに目を戻していた。
夜になり、帰り支度をしていた真田に春山田が声をかけてきた。
「真田くん、このあと一杯どうかな?」
「いいですね、是非。」
やり取りを聞いていた尾形が割り込んでくる。
「いいなぁ、自分もいいですか?」
「それなら、今日近くにオープンした立ち飲み屋なんてどうです?」
「そうしようか。」
3人は連れ立ってオフィスを出た。
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