第三十八話 娘との誓い
「娘を、よろしく…………お願い、します」
「はい、命に替えても守り抜きます」
あたしの言葉を聞いて、愛の両親は膝から崩れ落ちる。愛おしい我が子が戦場のど真ん中へ送られる気持ちを、戦争のない今の日本で味わうとは夢にも思わなかっただろう。初めて会ったあたしなんて、赤紙そのものに見えて憎くて堪らないと思う。
あたしは唇を噛み締める。自分達の力不足は否めない。でも、現代の魔法少女に頼らなければこちらの世界そのものが滅んでしまうのだ。背に腹は変えられない。
「あかりさん……ごめんなさい」
「大丈夫。行こう」
愛はあたしの腫れた顔を見て泣きそうになりながら頭を下げる。さっき愛の母親に殴られたものだ。こうなることは予想していたし、もしかしたらもっと酷い仕打ちもあるかと覚悟していたからまだマシな方だった。
玄関を出て、外で待つ仲間の元へ戻る。
「こっぴどくやられたわねぇ。地走大丈夫?」
「あぁ」
「ごめんなさいねぇ。あなたにばかり痛い目に合わせて……」
「あたしがコイツらの師匠なんだ。あたしじゃなきゃ示しがつかねぇだろ」
真弓の横を歩きながら、思い出していた。
三人の両親はみんな、自分の子が魔法少女であることは知っていた。でも、決して納得しているわけではない。当たり前だ。大切に、身を削って育てた我が子が争いの主役に選ばれて誰が喜べるんだ。今まで否定的な態度を表に出さなかったのも、彼女達自身が周りの人を守りたいと意志を伝え、実現してきたからだ。そこへあたしがしゃしゃり出たら、ずっと我慢してきた不満が爆発するなんて目に見えている。
晴れた顔が熱を帯び、じんじんと深く痛む。親の愛情を叩きつけられたようで、傷よりも心に強く響いていた。
「みんな、先に優香の家に行っててくれないか?」
「あかりは?」
美空は心配そうに覗き込む。もう全員の親と話を終えて、これ以上何を苦しむのと言いたげだった。
でも、最後に一人残っている。一番反対しそうな寂しがり屋さんが。
「自分の家だよ」
「……まさか、雪ちゃん?」
「うん、もう隠すのも限界でな。ちゃんと向き合わないと駄目なんだ」
「ならあたし達も一緒に行くわ! 雪ちゃん友達だし! みんなに懐いてくれて……」
「すまん、先、行っててくれ」
「…………」
それ以上言葉を続ける奴はいなかった。
一度みんなから離れ、自宅の玄関の前で足を止めていた。
さっきまで後輩達の家族を口説き落としてきたのとはわけが違う。自分を人質に、自分の娘を脅すのだ。雪の気持ちを考えても、親としての気持ちを考えても、言葉が出てこない。
「はぁ……」
気持ちをそのままぶつける。それしか残されていない。
震える手でドアノブを引き、条件反射でただいまと口にする。
「おかえり! ママ!」
走り寄ってきた雪を抱きしめ、その後ろで迎えてくれる康介と目を合わせる。
「おかえり」
彼は笑顔のまま受け入れる。今日話すこと、今日出発することは事前に知ってもらっている。だから彼は、何も言わない。
「雪、ちょっと話さねえか?」
「お話?」
「そう、大事な話だ」
「……」
あたしの声色から何か感じ取ったのか、雪は大人しく居間に向かって手を引いてくれた。暖かくて、柔らかくて、まだ小さい手。これがあたしの娘の手だ。
康介と雪が並び、あたしは正面に腰を落ちつける。そして、ゆっくりとこれまでの話を聞かせることにした。
雪と同じような歳から魔法少女をしていたこと。
仲間が出来て、魔界のバケモノを追い返したこと。
大人になって、また戦うことになったこと。
後輩が出来て、それが雪の友達になった三人だったこと。
イブもさくらも魔界の住人で、あたしと一緒に戦っていること。
そして、今から魔界へ行って全てを終わらせること。
時間を掛けて一つ一つ聞かせていくうち、雪は一度たりとも席を立ったりごねることはしなかった。ただ黙って聞き入り、真剣な顔で向き合ってくれた。
「ごめんな。雪を一人ぼっちにしてばっかでさ。また置いていこうとしてる」
「うん」
「いっぱい聞いて驚いただろう。でも、これがママがしてきたこと。ママがしなきゃいけない……」
「知ってたよ」
「っ!」
雪は、康介によく似た包み込むような笑顔で答える。親の血が表に出るほど成長している姿に、あたしはドキリとした。
「知ってたって?」
「ママが魔法使うとこ、見たことあるの。お姉ちゃんもゲームしてるとたまに頭から火が出るし、さくらも喋るみたいだったから」
「……そっか」
バレバレか。あたしらは思ったよりマヌケらしいな。
「寂しいけど、ママは立派だもん。みんなが危なくないように頑張ってるもん」
「…………ゆきぃ……」
「泣かないの! ママは『スーパー』なんだから! 誰よりも強いんだぜ!」
雪は立ち上がり、二人で商店街に買い物へ行く時必ずするポーズをビシッと決めた。
あたしが考えた、雪と二人で『頑張るぞ』のポーズ。冒険のポーズだ。
「スーパー!」
「あぁ! スーパー!」
まだ雪がベビーカーの時からあやすためにずっとやってきた。こんなに大きくなって、こんなに強くなって、今度は彼女があたしを強くしてくれる。
「うぅ……」
「あ、今度はパパが泣いちゃった!」
「パパは『スーパー』知らないから弱いんだぜ。雪の方が強いな」
「仕方ないなぁ。今度教えてあげるね!」
号泣する康介をあ慰める雪の背中を見つめながら、熱くなった瞼を擦る。雪はあたしを見ていてくれた。そんなあたしが泣いてちゃ締まられねぇ。
「頑張ってねママ!」
「やってやるぜ。行ってきます!」
一番の難所に思われた娘との話し合いは、逆に鼓舞される形に収まった。これで胸のつっかかりが全て解消されたあたしは、今までにない長期に渡る遠征へと駆け出すことが出来たのであった。
「優香、後は頼んだぞ」
「まぁかせなさいよ優香ちゃんは天才なんだからぁ? だよねぇ?」
あたしが出したゲートを緻密にコントロールしながら胸を張る優香は、ペロっと下を出してウインクをする。
しかし、いくら優香が強いと言っても不安が残った。たった一人残される彼女に大きな負担が掛かるのは目に見えている。
「実は、魔界には二段階変身でも苦戦する奴はいた。もしもの時はすぐに……」
「あーかりん♪ ボクにも最終兵器があったりするの知ってた?知らないでしょー。ボク実は一人じゃないんだぜぇ?」
「え? あ? よくわかんねぇよ。とにかく頼んだぜ?」
「おっけぇ行っといで〜」
先に向こうへ渡った仲間達を追って、あたしはゲートの中へ入る。ゆっくりと後ろが閉じて、魔界への道が開く前に決意を固める。
「作戦開始だ」
この作戦は、後に大き過ぎる分岐点だったと気付くことになるが、この時誰一人として予想がつかなかった。
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