第三十九話 冥王と試験
魔界に到着したあたし達はまず冥王の縄張りへ入ることが目標だった。彼の縄張り【ガーデン】はかなり小さく、しかも移動している。近付いた時に魔力を感知してゲートを開けるか、たまたま入ってしまう他辿り着くすべはない。
一度入ったことがあるあたしかさくらが感知するまで延々と走り続けた結果、ガーデンを前にする頃には後輩達も魔界での生活に慣れ始めていた。
「あのつむじ風が例のガーデン? 冥王ってもしかして小人なんですか?」
「いいえ〜、あれはあかりのゲートのようなものなのよ。中は結構広いのよぅ?」
愛と真弓はつむじ風が逃げないように回り込み、先にみくりとさくらが中へ入る。ゲートをくぐった時のように消えていく二人をじっくり観察する後輩達は、慣れ親しんだ光景に少し安堵していた。
「これでゆっくり休めるわね。お風呂もあればいいんだけど」
「なんだ美空。流石のお前でもへばったのか?」
「そりゃ二週間近くダッシュしながら戦ってたら疲れない方が異常でしょ。水浴びしかしてないからちょっと臭うし」
身体をくんくん嗅ぎながら身なりを気にする年頃の少女にみんな苦笑いだった。何せ、前日に狩った獣肉を大きな皮袋に入れて担いでいるからだ。身体が臭いというか、獣が臭い。
すっかり野獣地味てきているのは他の子達も同じで、戦力として期待できる反面、人間界へ戻った時に引きずらないか心配だ。その辺の草食べたり。子供の柔軟な感性が嬉しくも怖い。
皆を見送り、最後につむじ風をくぐるとだだっ広い草原に出る。魔界の植物はどれも黒っぽくくすんでいるのに、ここの草花は人間界と同じく明るくて瑞々しい。
「懐かしい色ね。こんな美味しそうな色はひはひふりにみはわ」
「お前ノータイムで雑草食うなよ」
「んぐ、やっぱり苦いわね」
「当たり前だろ」
食料が安定しない生活を経験した者にしか出来ない迷いのなさ。美空だけでなく風利もこっそり食べていたからよほど美味しそうに映ったんだろう。
「ほら、あそこに祠があるだろ? 地下に入ると町があるんだ」
「地下都市……格好いい」
「ゲームっぽいか?」
「うん、早く行こ」
目を輝かせた風利はイブの手を引いて先に駆け出していく。隠れ二次元オタクの彼女には金塊が広がっているような気分なのだろう。
続いて歩くあたし達は、背の低い祠から徐々に地下へと下っていく。しばらく進んで道が開けると、大きな扉が出てきてそれに手をかけた。
「うっわぁ!」
「綺麗!」
目の前に広がる地下らしからぬ光景に、子供たちは声を上げるほど感動していた。
緑と綺麗な水源に囲まれた小さめの町。まるで中世を模した観光地のような石造りの建物が円を描くように建立され、岩壁があるはずなのに夜空が埋め尽くしている。
特に驚くべきは光源。蛍の光のような柔らかい魔力の塊がふわふわとそこら中に漂い、常に夜の世界であるガーデンを昼みたいに明るく照らしていた。まるで星空の中を歩いている気分になる。
あたしは、光を手の平に乗せてぼんやり見つめる愛の横に並んだ。
「この光もあの空も、全部冥王が一人で作ったらしい。すごくロマンチックな趣味だろう?」
「素敵です……私たちの魔法と全然違う。戦うために練習してきたけど、魔法ってこんな事も出来るんですね。私、こっちの方が好きです」
「だな。『魔法のような』って褒め言葉で使うけど、実際手にしたあたしらは始めから戦うことばかりに使っちまう。争いが無けりゃ魔法も人を幸せに出来るんだろう」
そう言いながら、あたしは擬似的な夜空を見上げる。結局のところ現実は、幸せに魔法を使うような脳天気なやつから殺される。ここの冥王だって誰も逆らえない力があるから成り立っているだけだ。圧倒的な実力があって始めて自由が生まれる。目の前に自分より強い相手がゴロゴロいる弱者はいつだって必死を迫られてしまうんだ。
感傷に浸りながら沈黙していると、光源の一つがふわりと近付いてくる。強くはないが、他とは僅かに質の違う魔力。警戒した仲間たちはすぐにあたしの周りに集まった。
眼前でピタッと止まった光源は、少しだけ強く光って楽しげに笑う。
『ふふふっ、子供達にはバレないよう近付けると思ったんだけどなぁ。みんな優秀だね。流石あかりくんのパーティーだ』
「遅くなったな冥王。すぐに会えるか?」
「もちろん、玉座へ」
悪戯に失敗した光は潔く弾けて消えた。同時に気配も無くなり、警戒を解いた子供達は眉をしかめて軽く散らばる。
「なーんだ。入国審査みたいな感じで戦うのかと思った。肩透かしもいいとこね」
「入国審査ってわけじゃないけど力試しはあると思うぞ。同盟の戦力として連れてきてるからな。美空ならいい線行くんじゃないか?」
「余裕よ。魔界に来てずっと強くなったんだから何人でも相手になってやるわ」
「それは心強いこった」
相変わらずの自信過剰。しかし、いまの彼女たちなら冥王の側近相手だろうと互角の勝負に持ち込めるはずだ。ただ一人の悪魔を除いてだが。
観光するのは後にして、中央に位置する一際大きな建物を目指す。石造りの街並みを横目に歩くあたし達は、そこに住まう住民から注目の的だった。奇形の彼らからすると、人間が大勢で闊歩しているのは珍しくて仕方がないらしい。攻撃的な奴が一人もいないのは冥王本人が人間に敵対心を示していないからだろう。
住宅らしき街道を抜けると、少し長い並木道が続く。瑞々しい果物を付けた木々が見えなくなるとようやく冥王の住まう宮殿の入口だ。
「··········」
ランプの魔人が出てくるアニメで見たような宮殿の中から一人の少女が顔を出す。長い金髪にカチューシャを付けた無表情のメイド。声は発さず、目配せで付いてくるよう促して歩いていった。
その態度に美空が噛み付くかと思いきや、文句を言うより先に愛が口を開いた。
「可愛い。外人の子供みたいです」
「ここの悪魔は人型が多いからな。今の子みたいに人間と区別つかない奴が多いんだ。冥王自身が完全に人だから意図して集めたのかもしれないけど」
「そうなんですか」
だから好意的なんですかねと少し嬉しそうな愛。さくらやイブのように話が通じる悪魔が多いんじゃないかと期待しているんだろう。大して気にならなかったけど、実際はどうなのか直接本人に聞いてみるのもいいかもしれない。
子供メイドの案内も長い階段を登り切るまで。あたし達が全員着いてきてることを確認すると、正面の何も無い壁に指を触れさせる。子供メイドの魔力に反応したのか白い光が壁一面に広がり、その奥から新たに大広間へと繋がった。
「いらっしゃい。いや、おかえりかな?」
「まだ実家気分にゃなれねえよ。予定より少し遅くなってすまん」
レッドカーペットの先で玉座に鎮座する少年はクスリと笑う。飾り気の無いラフな服装に身を包んだ金髪の少年。先程のメイドと同じく愛達とそう変わらない年齢に見えるこいつがこの国の大将。魔界三分の一角を担うほどの実力を保持した冥王コルカドールだ。
冥王の容姿にこちらの子供達も困惑する。まさか王を名乗る悪魔が子供だとは思わなかったらしい。だらしない服装も相まって貫禄も何も無いから仕方のない反応だけど。
椅子から立ち上がる気配のない冥王は、僅かに考えるような素振りを見せて提案する。
「色々積もる話はあるだろうけど、まずやらなきゃならないことが二つある。一つは君たちの休息。もう一つはそちらの御三方の実力を見せて欲しい。好きな方を選ぶといいよ」
「そっか、なら先に休ま·····」
「いつでもかかってきなさいよ」
あたしに被せるように挑発するウチの問題児。美空のこれは一生直らないんだろうな。
美空が神器を取り出すと同時に、愛と風利も武器を構える。初めから試されるつもりだったのか気持ちも落ち着いて見える。
しかし、今回の実力テストはちょっと難易度が高い。あたし達が来た時と同じ相手が出てくるのであれば、最低二人はボロボロにされるだろう。到着したところで疲れも溜まっているからせめて全快してから挑んで欲しい。
「まてまてお前ら、怪我するからしっかり回復してからにした方がいいぞ。今回の相手は·····」
「あかり、よく聞いて」
「はぁ?」
「身体が臭いの。綺麗にした後にまた汚れるなんて女子として辛いのよ」
「あ·····そう·····」
愛と風利も物凄い目力で頷いている。そんなこと言われたら止められるわけがない。気にもしなかったあたしの女子力がカスなんだろう·····。
必死に笑いを堪える冥王は、静かに息を吐いて達観した笑みを浮かべる。
「ならパパッと済ませちゃおうか。レディに獣臭は流石に·····ないよね?」
「あかりアイツ今あたし見てたわ煽られたんだから半殺しくらいは許されるわよねいやあたしが許す殺す殺す殺す殺すクソガキ!」
「ま、おい!」
煽り耐性ゼロの雷神様を初動で止められる者はここにいない。紫電を纏った美空は真っ直ぐに冥王目掛け飛び掛りリンドローグで横一文字に斬り付ける。
予想外の速度に驚きを隠せない冥王は何とか魔力防壁で真っ二つを阻止するが、そのまま内壁を突き破る勢いで弾き飛ばされ瓦礫の中に沈んでいった。
舞い上がる砂塵。何とか一撃KOを免れた冥王の腕が震えながら瓦礫を押し返す。脳にダメージを受けたのか視点も定まらぬ状態で体を起こした。
「くっ·····まさか師匠のあかりくんより速く動けるなんて。それに重い。激情でとんでもない力が発揮されるのかな·····」
「謝るなら今のうちよ。同い年くらいの見た目だからって手加減しないわ」
「謝る前に、今度はこっちから行くよ!」
「おっそい!!」
冥王の拳に膨大な魔力が集中し、大規模魔法が装填される。それでも、発射前に美空の足刀が腹に刺さり強制解除。冥王の溜めは美空にとって欠伸が出るほど遅かったのだ。
「く、この!」
「ふぐぅ、接近戦も出来るだなんて流石は王様ってところね! でも、これでどう!」
「がぁあああ! まだまだ!」
息もつかぬ乱打戦に入ってからは、美空が僅かに上回っていた。器用に大鎌の柄や足技を絡めた動きに冥王は惑わされる。大砲さえ封じてしまえば冥王は防戦に徹するしかない。
「そんなシナリオを見ているはずだよ?」
「ちっ、趣味の悪い能力だこと」
ニコニコと笑顔の絶えない冥王に舌打ちをしてしまうのも仕方ないだろう。大事な後輩が手の平の上だなんて心底気味が悪い。
あたしの後ろから全てを見ていた愛と風利は何が起こったのかわからず「え?」と繰り返すばかり。それもそのはず。数秒前に激昴していた美空が、いつの間にか冥王に抱かれたまま幸せそうに眠っているのだから。
「はぁ、冥王とタイマンなんて気が早ぇよ。あたしがガイアコートでようやくトントンだってのに」
「あの、あかりさん? 美空ちゃんは寝てるん·····ですよね?」
「ぐっすりな。あれが冥王の能力の一つ【聖域】だ。力の差があれば接近するだけで即落ちる。しかも夢までアイツの自由に操作出来ちまうから、現実に沿って見せられたら抜け出せない。それにしても、美空って催眠に呪われてんのかな。前にもあったぞこんな感じのやつ」
くすくすと笑い出した冥王は、緩く首を振った。
「最近の出来事から察するに、この子が出会ったのはバクかな? あんな精神破壊と一緒にしないでよ。夢は心地好く見るものさ。自分の思い通り。何でもあり。幸せで、楽しくて、抜け出せない」
「よっぽどタチ悪いわ」
腕試しの相手に冥王を指名したのが間違いだ。美空の完全敗北。天使のような寝顔を見せる彼女は、瞬殺すぎて修行期間でも設けられるかもしれないな。
天を仰ぎそんな事を思った矢先、何かが小さく弾ける音が耳に入る。
そう、まるで静電気のような。
「うわぁ!」
驚いた声に目線を戻すと、深い眠りに落とされたはずの美空の拳が冥王の頬を掠めていた。余程速く打ち出されたのか、握っている指から煙が漏れている。
「下ろしなさいよ。変態·····」
聖域は解かれていない。そのはずなのに、美空は冥王の手を払って立ち上がった。
半分目が閉じたまま気だるげに戻ってくる美空。冥王だけじゃない。あたしや真島姉妹も驚きを隠せなかった。真っ向から聖域を破れるのは彼に届きうる力を持っている者だけなのだから。
「美空、大丈夫なのか?」
「んー、ダルい·····」
帰ってきてもよろよろと足のおぼつかない美空へ、冥王は問いかける。
「どうやって破ったんだい? 言ってはなんだけど、僕と君の実力差はかなり開いてるはずなんだけど」
「·····だって、夢ってわかるし。わかったらどうにでもなるわよ」
冥王の頭の上にはてなマークが見える。限りなく現実に近い夢を、なぜ夢だと断定できたのか。
美空は嫌そうに舌を出してそれに答えた。
「あたしが、善戦出来るはずないでしょ·····あかりくらい強いくせに·····」
それを聞いた冥王は数秒沈黙すると、途端に大声で笑い出した。そんな光景に鼻を鳴らした美空は、あたしの袖を引っ張ってじっと見上げてくる。
「ねぇ、座って」
「ん、え? こ、こうか?」
「よいしょ·····」
「えぇ! ここで寝んの!?」
胡座をかいたあたしの上にすっぽりと収まった美空は。抱き枕を抱えるようにくっついたままもう一度寝てしまった。こうなると動こうにも動けない。抱っこして移動できるほど美空は小さくもないのだ。
本当は寝心地が悪くて起きたんじゃないかと思うほど死んだように動かない。冥王の聖域を独自の方法で破ったくせに、本当に無防備な寝顔をするもんだ。
「あー笑った。激情家かと思えばなんて冷静なんだろうね。その子は間違いなく主力部隊だよ」
「·····頼もしい眠り姫だこと」
あたしは美空の髪を撫で、少しだけ目を瞑った。
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