第三十七話 魔界で観光してたわけじゃないから
「あっははは! 気持ちいい!」
「美空バック!」
「おっけー!」
美空の狂人的な高笑いは、今の戦況をひしひしと物語っていた。
たった一回の手合わせでコツを掴んだワンのメンツに、あたし達はありえないほど苦しめられていた。指示出しを愛にすることでより的確な立ち回りを実現した上に、真弓の簡略指示まで取り入れたせいで反応がめちゃくちゃに速い。何より、陣形がよく考えられていた。
「サイド壁!」
「うん」
「やー」
雷光を纏った瞬速の美空をなんとか囲めたと思ったのな、間髪入れず引かせて両サイドから炎の壁が襲いかかる。先頭のさくらが呑まれそうになって真弓が闇を張るが、吸収が終わる頃には美空がみくりに襲いかかっていた。炎の大規模な目隠しをするだけで、美空が自由に暴れてしまう。
愛の指示は堅実だ。暴れん坊の美空を完璧にコントロールされてしまうと、攻め一辺倒な美空指示と違い攻防の選択肢が何倍にも増える。決して勝利を焦らないいやらしい戦法で確実に一人ずつ仕留められる。
「地走前さくらバック」
「イブセンター美空アウト!」
ゲートでみくりを助けに行ったさくらを見て、美空をかなり遠くへ引かせる。手薄になった前線へ広範囲魔法が得意なイブを置いて、炎の髪で縦横無尽な削りが入る。
言ってはなんだけど、今のあたし達の中では真弓の指示はかなり正しい。それでも、愛の指示に劣ってしまっていた。彼女にはもう七海でしか太刀打ち出来ないだろう。
真弓本人もわかっているのか、口調は崩さないにしてもいつもより視線の移動が激しい。七海のように高速計算が出来ないと、愛の思考に追いつけない。
「クロス!」
「ええ!」
「「【スクランブルレイン】」」
イブが宙に浮くと同時に、愛と美空のマシンガンのような放出魔法が襲いかかる。上にはイブの炎髪、前から愛のバブルスライサーに横から美空の両手サンダーバレット。複合技の真ん中にいたあたしと真弓は回避や吸収で凌ぐも、球数が多過ぎて被弾は免れない。
「ぐ……っ、さくら! フラッグ!」
「うん!」
あたしからゲートを貰ったさくらは、位置調整無しにお互いの場所へ繋がる【フラッグゲート】が使える。それを発動してあたしと真弓がさくらの場所へ移動すると、優香が声を張り上げて試合を止めた。
「終わりだよー!! 終了だよー!!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「いやぁボロっボロだね! 見てて面白かったけどこれ以上は大怪我しそうだから止めてあげたよ舐めプ先輩!」
「やべぇ強いこりゃ無理だわ……」
「治療はいるかい? ん?」
「いらねぇよ。変身すれば回復する程度で済んだ」
素の力で参加していたさくら以外が満身創痍の先輩達。昨日とは真逆の結果に、後輩魔法少女達はハイタッチで大はしゃぎをしていた。
あたしとみくりは変身してから地面に座る。変身が出来ないけど、吸収であたし達よりはダメージの少ない真弓はそのまま水を飲んで一息ついていた。
「真弓さん! 真弓さんに教えて貰った指示出しやってみました! 出来てましたか?」
「ええ、完璧ね〜。悔しいけど、愛ちゃんはやっぱりブレインの才能があるわぁ〜」
「えへへっ、やったぁ!」
昨日の深夜練で、真弓にくっついていた愛はこれを習っていたのか。簡略指示なんて通常の何倍も思考速度が早いのに、よくやってのけたものだ。それを迷わず実行出来る美空達も、どれだけ愛のことを信頼していたのか見て取れる。
覚醒した愛を見ていると、あたしの背後から影が落ちた。振り返るとそこには、完全に天狗になった美空が偉そうな顔で見下ろしていた。
「あかり。いまのあたし達なら、変身したあなたも倒せるんじゃないかしら?」
「お前まだ懲りてないのかよ」
「目標を越える目処が立てば挑戦するのは当然でしょ? さぁやりましょう! 強くなったあたし達はあなたを越えるわ!」
背中に『ドンッ』という効果音でも出てそうなほど胸を張る美空。コイツ、あたしらが変身してないこと本当に理解してるのか?
愛や風利、イブまでなんだか乗り気になっていて先輩を虐めたくて仕方ないらしい。
しかし、これには魔界遠征組が猛反対。
「……やめておいた方がいい。みくならいいけど」
「あかりとやりたいの!」
「美空ちゃん〜? 地走も疲れてるからまた今度にしないかな〜?」
「大丈夫! あかりは頑丈だもんね!」
「美空の自信過剰はもはや病気なんじゃないかい? いい加減愛を見習ったらどうなんだい」
「あら、愛もやる気よ? 心配ならさくらも加わればいいじゃない」
「いいぞやれやれー!」
「さすが優香! 決まりね!」
優香が裏切ったせいで流れが完全に持っていかれた。最低だこの女。
とはいえ、そろそろ挑まれるような気もしていたから心の準備は出来ている。一対後輩全員は最初の頃に一度だけしかしていないけど、格段に成長しているから油断は出来ないな。
「はぁ、少しだけだぞ?」
「やったぁ!!」
「地走ぃ〜本気〜?」
「危なかったら真弓が止めればいいだろ。お前の闇も強くなってんだから」
「まぁ……ねぇ〜」
まさか全力を出さないよね? と言いたげな顔をしていたけど、残念ながら全力は出す。あと半年か一年くらいは勝負を挑んでこないようにしたいからな。
やや身体は重かったけど、動ける程度には回復したあたしは、変身したまま広場の真ん中に立った。
「陣形はこのまま行こうね! 指示速くなると思うけど聞き逃さないでね!」
「ふふん、わかってるわよ!」
先ほどと同じ立ち位置で構える後輩達。魔力の動きから見ると、今度は美空ではなくイブと風利でスタートを切りそうだ。
「よーいどぉおおおん!」
馬鹿みたいに子供達と同じテンションのいい大人が声を上げ、同時に風利の炎が雨のように降り注ぐ。上に注意を逸らされている間に地面からイブのマグマが広がって、スリルドライブに飛び乗ることで回避する。
「【泉蘭羽衣】」
「行くわよあかり!」
耐熱性に優れた防御魔法を纏った美空が雷に乗って目の前に現れる。空の炎はちょっと追尾してくるし、マグマは手動でせり上がって退路を塞いでくる。変身していても防御が非常に難しい全体での連携魔法は、きっと前から考えていたものだろう。
「【クロスルーティン!!】」
「速っ!!」
大振りで防ぎやすかった美空の斬撃が、一時的に爆発的に跳ね上がる。同時二撃を何とか弾いたあたしは、昔美空に言ったことを思い出していた。
「大鎌はフォローがあって初めて本領を発揮する。だっけ? 一人でもこれだけ速ければ上等じゃない?」
「いや、当たってないしフォローもしてもらってるだろ。美空、お前大丈夫か?」
「むぅううううう!!」
揚げ足を取られてむくれる金髪少女。いやわかってる。成長を見て欲しいんだよな。簡単に防げる攻撃じゃないし自信は持っていいと思うけど……当てような?
変身してみると、全員の動きがよく見える。前回より格段に戦闘慣れして動きにも無駄がない。きっと彼女達なら、いつかあたしらを越える日が来るのだろう。そう思うと、少し寂しくなった。
愛の目まぐるしい指示を意識しながら猛攻を凌いでいると、武器を交えていた美空が急に吠えた。
「あぁもう!!」
「な、なんだぁ?」
「いつも出し惜しみして! 本気出しなさいよ! こっちまで調子出ないじゃない!」
「あらら、わかるのか」
「当たり前でしょ! さっさと準備しなさいよ!」
美空が引くと、愛の指示が一旦止まる。まさかそこまで感の良い子供達とは思わなくて、あたしは思わず真弓を見た。
彼女はお好きにどうぞと両手をこちらに差し出すのみ。関わりたくなさそうだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
地面に降りたあたしは、ガイアロッドを前に構え胎動する魔力の流れを核に集めて変質させる。
身体が焼けるように熱くなると同時に全身が発光し、変質魔力を爆発させるように再び全体に流し込む。魔法少女の衣装は粒子として舞い、再構成された。
巨大な魔力に周囲に大きな圧力が発生して地面が円状に砕ける。再構成された魔法少女の衣装は元来のフリフリを一掃し、パンツスタイルに異色のロングコートに生まれ変わる。伸縮自在のマント出現し、漏れ出すほどの魔力がまとわりついた。
「【モード︰ガイアコート】」
「……………」
二段階の変身を終えたあたしは、変形したガイアロッドを握る。しかし、お待ちかねだった後輩達は全員口を開けて呆然としていた。
「な、な、な、何それ……魔力が……」
「はぁ? 全力出せってこれの事じゃねぇのかよ」
「あ、あたしはバトルフォーミュラの事を言ってたのよ! なんでさらに変身出来るのって言ってんの!!」
「え、そっち? バトルフォーミュラも出せるけど、今出すとコントロールしにくいんだよ」
「なら出しちゃ駄目!!」
「あ、そう……」
二段階変身を誰かに聞いていたのかと思ったけど、そうではないらしい。
「集中!!」
「っ!!」
神器の能力で我に返った愛が叫ぶと、全員の目の色が本気になる。そうだ、どんな敵が前に立っても焦っちゃいけない。常に思考を続けなければ即死に繋がるからな。
立て直したなら待つ必要はない。今度はこちらから攻める。
ガイアロッドを地面に突き立て、超広域魔法を唱えた。
「【エリアベッド】」
地面が高速で激しく振動する。地震による拘束を応用したクロックロックの強化技。地面から足が離れなくなった彼女らは身動きが取れない。
徐々に砕けていく足元。振動が止まると同時に。立っている場所が大きく下がり、四人は宙に浮いた。
「【クラッチ】」
小型のゲートから腕を伸ばしてイブと風利の背中に触れる。その瞬間、砕けた地面の岩が彼女らを包み込んで頑丈な檻の中へ封じ込めた。
中で暴れようと、この岩は砕けない。
これで二人、戦闘不能だ。
「次だぜ」
同じように愛と美空の背中に触れる。美空は雷に乗って紙一重で牢獄から逃れるも、司令塔の愛が呑まれてしまう。だいたい予想通りの運びになった。一対一で美空にできることはない。
と、思っていたのに、愛の牢獄から違和感を覚えた。
「うぁああああ!!」
全ての魔力を込めた愛のウォーターカッターがクラッチをゴリゴリと切断し、なんと脱出に成功してしまった。七海が禁止した技だが、広がらないように一、二メートル範囲に抑えているところを見ると、窮地に陥った際のみ使えるよう訓練していたようだ。
「愛っ! 大丈夫!?」
「ぜぇ、ぜぇ、たっ戦えないかも……」
「脱出しただけ凄いわよ! もう下がって!」
「うぅ……」
魔力が底をついて倒れる愛。戦況に変わりはなく、少しホッとした。破られたのはびっくりしたけど、さすがに動けないよな。
愛と同じく魔力の全てを雷光に変えて体に纏わせる美空。まだ身体が耐えきれないのか、目に見えてダメージを受けていた。ほんの一瞬だけならこちらに追いつけると踏んでの自爆技だろう。
これは、ゼロ点だ。
「このぉおおお!!」
「はぁいおしまいね〜」
目の前に迫った美空を掴んだ真弓は、彼女の魔力を一瞬で吸い取ってしまう。強制的に戦闘を止められた美空は、そのまま気絶するしかなかった。
「なんかもう、悲しくなってくるわよ」
目が覚めた美空は、落ち込むというよりは呆れに近い声色でベンチに寝転がっていた。
「ちなみに、みくりも二段階変身出来るぜ?」
「でしょうね。まぁそれより、変身してない真弓さんに捕まったのが割とショックかも。雷と同じ速さのはずなんだけどなぁ」
「経験よ〜経験〜」
真弓の顔は少し苦笑いに近かった。ステータスを数値化出来るなら、既に真弓より美空の方が上をいっている現状、いくら小手先技術で有利を取れても大きな口は叩けないらしい。
「なるほどねぇこれがあるから三竦みに持っていけたわけだ納得納得」
「やっぱ優香も二段階目欲しいか? お前の魔力コントロールなら今からでもすぐ出来ると思うけど」
「いんや興味ないねぇ? 魔力変換したら扱いが別物になるんだろ時間の操作は繊細なんだぜ知ってた? 知ってる?それにコアが深く関わってんならボクには危険なんだぜ?」
「おぉ、ご名答だな。良い目持ってんじゃん」
「ボクの目利きは時計制作で培われたのさ」
「ならあたしの目利きはスーパーの野菜かもな」
くだらないことを言って笑っていると、美空も起き上がれるようになっていたみたいだ。気を取り直して、あたしは後輩達に追加情報を与えることにした。
「見ての通り、魔法少女にはまだまだ隠された力があったわけだ。魔界は平和なところもあると言ったけど、基本は荒くればかりで戦闘が絶えない。お前達には向こうで修行しながら二段階変身も覚えてもらうからな。頼りにしてるぞ」
二段階変身の使用は、通常の変身と根本的に違う。今はまだ早いかもしれないけど、彼女達が覚えてくれれば一気に一段階目のあたしらより強くなれる。
この後の訓練は全体での陣形演習と、後輩達への個別レッスン。軽井沢で行われた強化合宿は実りのあるものとなった。
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