第三十六話 風利スタイル
「あかりさん、あかりさん」
「んぁ、なんだ〜?」
ミーティングを終え、夜の自主練時間もそこそこに床に着いた深夜。寝ていたあたしの身体を揺する誰かの声。
「なんだ風利か。ん、寝付けないのか?」
「ううん」
「なら寝ようぜ。明日も早いんだから夜更かしは駄目だぞ……ふあぁ〜」
寝ぼけ眼をどうにか開いて、雪にするように風利をベッドへ寝かせる。でも、彼女はすぐに起き上がって納得出来ない顔をしていた。
「……眠れないんだな?」
「うん」
「仕方ねえな、ちょっと待ってろ」
なんで一回嘘を挟んだのだろう。
あたしは静かにキッチンに行くと、冷蔵庫から牛乳を取り出して耐熱グラスに移す。レンジで僅かに湯気がのぼる程度温めると、お盆に乗せて自分達の部屋に戻った。
間接照明で照らされて向かい合いながら、ホットミルクをちびちびと飲む。胃の中が暖かくなると更に眠気が増して、あたしが先に寝てしまいそうになる。
「あの、思ったんだけど」
「ん?」
「私、強くない方?」
表情は変わらず平坦な物言いで聞いてくるあたり、ただの現状確認なのだろうか。それとも、顔には出ないタイプってだけでかなり不安なのだろうか。
顔に出やすい身内ばかりだったから、正直風利の真意は読み取れない。だから、出来るだけ的確な言葉を選んで様子を見る。
「今のところ、お前らの中ではそうなるな」
「……そう」
しまった。これは落ち込んでるヤツだ。みくりみたいにローテンションで感情が動くわけでもなく、イブのように頭が空っぽなわけでもない。そもそも感情表現が苦手だったわけか。顔は相変わらずだけど、ちゃんと悲しんだり怒ったりする子なんだな。
あたしは慰める方法をあまり知らない。だから、たまに夫にされていたことを思い出してみる。
「風利、こっちにおいで」
「?」
ホットミルクを置いて、ベッドの真ん中に移動してから風利を呼ぶ。彼女が正面に座ると、肩を掴んでくるっと回す。あたしの股の間に背を向けて座る風利の髪を撫でながら、枕元の棚から
「なに?」
「髪、といてやるよ」
「??」
何がなにやらと思っているだろう。あたしは黙って風利の髪に優しくて櫛を入れていく。自分とは真逆の髪質のようで、一本一本が細くて数もそれほど多いというわけではない。妙に柔らかくて少し寝転んだだけでぴょんぴょんに跳ねていた。
「気持ちいいか?」
「う、うん」
「風利は女の子って感じのいい匂いがするよな。愛や美空を抱っこした事もあるけど、大体戦闘中とかその後だから汗臭いんだよ。あ、そうだ知ってるか? イブなんて風呂で髪を洗っててもアホ毛が立つんだぜ?」
「ふふふ」
僅かに強ばっていた風利の肩から力が抜けていく。
もう少し話すか?
「風利は兄弟とかいるのか?」
「妹と、弟」
「へぇ、長女だったのかよ。長女って我儘に育つイメージがあったから意外だわ。真弓と七海と優香も長女なんだぜ? あとウチの子もか。みんなうるさいだろ」
「そうかも」
「風利は家で我儘とか言うのか?」
「うん、テレビのチャンネルとか」
「かぁーっ! 可愛い我儘だなぁ。爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぜまったく」
「あかりさんは?」
「ん? あたしは一人っ子だよ。両親が事故っ死んじまってたらしいから顔もわかんねぇな。じいちゃんに育てられたんだ」
「そう……」
「でも、それがまた面白ぇじいちゃんでよ。あの家で育って良かったと思ってる。たまにあたしの喋り方が乱暴だとか言われるんだけど、全部じいちゃんのせいだから」
「そうなんだ」
「あ〜、真似はすんなよ? たぶんお前の母ちゃんに怒られっから。また面談組まれて怒られんのは勘弁だぜ」
「ふふ、うん」
なんでもない雑談をしていると、頭皮から伝わる風利の体温が上がってきた。髪をとくのはやめて、次は頭皮マッサージをする。
「あ、あ、それいいかも」
「へへ、上手いもんだろ。人の気持ちいいところ見つけんの得意なんだ。マッサージ師だったからな」
「すごい」
「嘘だよ」
「……むぅ」
頭から首筋、肩を揉んでいきながら雑談を続ける。体温が高く安定して少ししっとりしてきた所で、会話の流れを変える。
「“手当て”って言葉があるだろ?」
「うん」
「治療するって時に使うけど、あたしは別の意味があると思うんだ。人の手には、相手の心を癒す力があって、だから触れられると安心したり気持ちが軽くなったりする。手を当てるってそこから来てるんじゃないかと思うわけだ」
「気持ちいいよ」
「だろ? あたしの気持ちを込めてるんだ。『風利、大丈夫だよ』『あたしがついてるよ』ってな。手を触れて、そこから伝わるといいなと思ってる」
「…………」
「……不安なんだろ?」
風利は振り返り、いつもより光を吸った瞳で見つめてきた。もう、無表情でも彼女の気持ちがわかってしまう。
もぞもぞと少しずつ近寄ってきて、申し訳なさそうにゆっくりあたしの胸に飛び込んできた。そうすることでやっと、この子がやってきたことの大変さを知る事が出来た。
風利は目立たない。私生活であれ戦闘であれ、愛と美空が強く輝き過ぎていつも影の中にいる。でも、彼女たちと同じように苦しんだり悲しんだり、成長している。それを誰も見てやれなかったのは、常に後ろから支えてくれていたからだ。自分のことは二の次。前に出ず誰かの代わりばかりしてきた彼女は、一番優しい子なのかもしれない。
「私、足引っ張ると思う……」
「……」
「何にも出来ない……」
「……」
「わかんないもん……」
風利の顔が埋まっている部分が、徐々に湿ってきていた。泣いてるのに、震えることも出来ない。とても静かに感情を零した。
背中を抱いて、頭を撫でる。愛や美空ばかり甘えてくるから気付かなかったあたしも悪い、風利だって普通の子供だ。もっと甘えさせてやるべきだった。
「風利、大丈夫だ」
「なん、で?」
「あたしは、口で慰めるとか得意じゃねえから、事実しか言えねえけどよ」
「……」
「無理だと思ったら連れてなんて行かない」
ミーティングで言った『メンバーは優香以外全員』という言葉。それは勢いで言ったわけじゃない。
「お前ら全員、その歳のあたしらとは比べ物にならないくらい強いんだ。それに、実際魔界で生活してきたけど、十分戦い抜く力を持ってる」
「ほんと?」
「ほんとほんと。確かにあたしらと比べたらまだまだ力が足りないかも知れない。だって、お前らは魔法少女になって一年も経ってないけど、あたしらは現役の時ですら三年以上やってたんだ。それで同じ実力なら、あたし達は何してたんだってなるだろ?」
「うん」
「お前は強いんだ。自分で思ってるよりずっとな。魔界に行ったらそこでまた強くなる。こっちにいる時とは比にならんくらい強くな」
ゴシゴシと袖で目を拭う風利は、もう泣いてはいなかった。
「あたし達の作戦にはお前が必要だ。付いてきてくれるか?」
「……行く」
「そっか。ありがとう」
本当は戦わせたくないけど、もうそんなことも言ってられない。少し心は痛むけど、仲間として戦う限り絶対に守り抜いてやろう。
落ち着いたのか、何度か目が閉じかけている風利。ようやく眠くなったようだ。
あたしは風利を押し倒して、布団の中に引きずり込んだ。
「おりゃっ!」
「ひゃっ」
「へへ、風利はあったけえな。あかりさんを起こした罰として抱き枕になってもらうぜ」
「ふふふ、うん」
腕の中で身をよじる風利は、どこか嬉しそうに頭を擦り寄せて来た。
腕枕をしてあげて、布団の上からぽんぽんと背中を叩く。
「おやすみ風利」
「おや、すみ……」
次第に息遣いが静かに長いものに変わって、彼女は熟睡する。後を追うように目を閉じるあたしは、今回の部屋割りが正解だったと嬉しくなっていた。
「うわぁ……」
「えぇ〜……」
辺りに人の気配がして目を開けると、何故か他のみんなが興味津々といった顔で覗き込んでいた。
「あぇ、あたし寝坊した?」
「寝坊もしたけど、それはどういうことなんだい?」
優香が指差したのは隣で寝ている風利。一緒に寝るくらい別にいいだろと思いながら目を動かすと、驚愕の状況になっていた。
「…………えぇええっ!? お前何してんの!?」
綺麗にすっぽんぽんになっていた風利があたしの頬にチュウっと吸い付いたまま眠りこけていた。腕や足も絡められ、あたしの服まで少し脱がせて内側へ手を忍ばせている。
傍から見れば完全に事後。だからコイツらはヤバい物を見るような目をしていたんだ。
「風利! 起きろって! あたしが犯罪者みたいになってっから!」
「………うぅん」
身を起こした風利は、目を閉じたまま辺りをキョロキョロして手探りに何かを探す。そしてあたしの腕を掴むと、なんと今度は口にチュウっと吸い付いて倒れ込んだ。
「んーんんんん!?!?」
「やっぱりそういう関係なんだ……だ、だからこの部屋割りだったのね!」
顔を真っ赤にした美空の言葉を聞いて、なんだか泣きそうになった。
朝の連携演習が始まる前、風利は腰を直角に曲げて頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「いや、赤ちゃんの時におしゃぶりがなかなか取れなかった子は口が寂しくなるとか言うしな……。いいよ、他人は旦那以外初めてだったけど」
「ごめんなさい……」
「服は、脱がないように気をつけような」
逃げるようにワンの面々と合流した風利。いつも通り受け入れてやる気を出している愛と美空は、実は風利がこうなることを知っていたらしい。一緒に寝る時は
「あかりん遊ばれたねぇ珍しいねぇヤンキーなのにねぇ? ぷーふっくす!」
「やかましいわ!! それよりこっちも新しい陣形とるぞ!!」
「はーい性犯罪者おばさんぷーっ!」
「優香殺す!!」
チームワークが取れる気がしない。今日は駄目かもしれないぞ。
こちらは相変わらず変身無し神器のみ、陣形はさくらを前にあたしと真弓。やや後方にみくりを置いて優香は見学。魔界に優香を連れて行けない以上これで攻めるしかない。
あちらはガラッと変わって先頭に美空。少し後ろに愛がいて、サイドに離してイブと風利だ。
「行くよーみんな! よーいどん!」
チーム分け連携の最終調整。こっちの世界でお互いの形を試す最後の訓練が始まった。
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