第九話 この戦いがターニングポイントなんだろう
修行を始めて数ヶ月。彼女らもかなり強くなってきた。下手なゴーレムでは相手にならないほど個人の力が増しているいま、すでに戦闘許可も出しているしあたしの負担もようやく減ってきたくらいだ。
なので今日は完全オフ。悪魔は全て弟子達に任せて久しぶりに娘とまったり日曜日。
「ねぇママ」
「どしたゆきち?」
お昼のパスタを食べ終えた雪は、少し話しにくそうにモジモジしていた。いつもハキハキと必要以上に喋るくせにどうしたのだろう。
「ううん。大丈夫」
「変なやつだなぁ。変なもの食ったのか?」
「ママのパスタ」
「ママの飯は変なものじゃねぇぞ!?」
生意気なことを言う娘の腹をつんつんすると、ケラケラ笑いながら反撃してきた。楽しくなってきて二人でじゃれあっていると、不意に異質な魔力反応を感じる。悪魔のもので間違いない。魔力量もかなり多いが、それより酷い違和感を感じる。
「まぁ、いまのアイツらなら何とか……」
「え? なに?」
「いや、何でもねえよ」
念の為、細かい情報を感じ取れる探知のクリスタルを上空高くに召喚して、しばらく様子を見ることにした。さくらも寝ている格好をしているが、耳がピクピクしているので意識はしているらしい。
一つの魔力と三つの魔力がぶつかり合ってから一時間ほど。雪とアニメの映画を観ていたのだが、戦闘が気になって仕方ない。理由は、愛達の魔力だけがどんどん小さくなっているせいだ。単純計算でも三人合わせた方が魔力は強いのだが、相手の力が一切落ちる気配がない。
そんなに強いのが出たのか?
トイレに行くと言って居間から離れると、さくらは廊下まで付いてきてこっそりと喋り出した。
「あかり、たぶんあの子達じゃ勝てないよ」
「お前は知ってんのか? あの悪魔のこと」
「もちろん。何度か喧嘩したけど負けたことはないね。でも、人間にとってはやりにくいと思う。あの年頃の子は特に。あかりも躊躇するだろうね」
「わかんねえな。強いのか?」
「強いけど、かなり特殊な能力持ちだしまず見た目が問題だね。一度は戦っておいた方がいいよ」
「あたしが戦った方がいいのか? まぁ、このままじゃ負けそうだから行くか」
内緒話しを終えて雪の元に帰る。何かを察していたのか、雪は大好きなアニメも観ずに不安そうにあたしの顔を眺めていた。
「雪、ちょっと買い忘れたものがあるから買い物行ってくるわ」
「……ゆきも行く」
「ダメダメ。すぐ帰ってくるからさくらと遊んでてくれよ。アイス買ってきてやるから」
「…………」
「さくら、雪とお留守番できるな?」
「わんっ!」
雪の前では言葉を話さないさくらは、一声上げて肯定の意を示した。早速着替えてエコバッグを手に玄関へ向かった。
すると、雪は居間から顔だけ出してじっと何かを訴え始めた。
「雪〜、本当にすぐ帰ってくるから心配するなよ」
「……早くね」
「ん、約束な?」
あまり時間をかけるわけにもいかず、これ以上雪と目を合わせないようにさっさと外に出てしまった。ゲートを開いて一度空に上がり、変身してからコートを羽織る。
「よしっ」
今度は戦場へのゲートを開く。遠目に観ても煙が上がっているからきっとそこで間違いないだろう。
ゲートを抜けた先は、壮絶な光景だった。人払いはすでに済んでいるようで誰もいなかったが、どこを見ても焼け跡が酷い。ビルや倒壊した家屋も全部炎に包まれてまるで地獄のような景色が広がっていた。
ゴクリと唾液を飲み込む。想像以上にヤバいやつが来たようだ。
「あかりさん!」
「愛! 大丈夫か! 他の二人は!?」
「みんな大丈夫です!」
建物の上から着地した愛は致命傷も負っているわけではなかったが、全身焼かれたように衣服が焦げていた。魔力もそこそこに使ってしまったらしい。
「お前らが苦戦するなんてな。修行が足りなかったか?」
「すみません……なんて言えばいいか……」
「ん、来るぞ!」
すぐ近くで魔力が膨れ上がる気配にあたしと愛が構えると、すぐそこのビルの入口が爆発した。そして、そこから影が二つこちらに飛んでくる。
「美空! 風利!」
「くっそぉ、ほんっとにやりにくい!」
「怪我はない……みたいだな」
「ん? あかりじゃない」
「あかりさんだろーがっ」
「あいたっ」
躾のデコピンをかまして、あたしはホッとしていた。美空も風利も大したダメージはなく魔力も尽きていない。
しかし、だからこそおかしいのだ。一時間も戦い続けて、これだけの被害を出しておいて、なぜ元気に立っていられるのか。相手の方は全くの無傷に近い状態みたいだし、普通は誰か一人倒れていてもおかしくなかった。
悔しそうに鎌を構え直す美空は、チラリとこちらを見て現状報告に入る。
「死人は誰もいないわ。いや、出すつもりもなかったのかもね。変に長引かせたから全部焼けちゃったわ。それだけは謝るわよ」
「敵はどんな奴だよ。お前ら三人が合わさった方が強いのになんで倒せないんだ?」
「それは…………」
美空達が飛ばされた方から瓦礫を踏む音が聞こえた。今回のターゲットが姿を現す。
「見た方が早いわよ」
「……こいつはっ!」
そこに立っていたのは、雪と同じくらいの年の女の子だった。人間と全く見分けがつかないその容姿。服も今時の子と一緒だった。
ただ一つ、彼女の身体には赤黒い炎がまとわりついていた。
「本当に悪魔なのか?」
「そうよ。なんたって自分で言ってたからね炎の魔人。イフリートだってさ」
「イフリート!?」
ケルベロス同様、人間の神話で存在する炎を司る化身。さくらが話したことのある上位悪魔の一人だ。ちょっと強いどころではない。知名度は魔王級の超大物。
「あぁ、もう一人増えた……怖い……。遊んでただけなのに、人間って怖い……」
「いい加減その喋り方やめなさいよ! 言ってる事とやってる事がむちゃくちゃなのよ!」
「ひぃっ、大きな声出さないで……心臓飛び出ちゃう……心臓ないけど」
「ムカつく! あかり! こいつムカつく!」
あまりにも気弱な性格のイフリートに対して、美空はブチ切れていた。なぜこんな子が上位悪魔なのだろう。殺気がどんどん削られていく。
とは言え、放っておくことは出来ない。すでにこれだけ暴れ回ったわけだ。可愛い見た目であっても悪魔は悪魔なのだ。
あたしはガイアロッドに魔力を注ぎ、愛達の前に立って殺意をぶつけた。
「悪いけど、遊びなら魔界でしてもらうぜ」
「やだよ……、お友達に会いに来ただけなのに叩かないで……」
「お前ら、一斉に行くぞ!」
「虐めないで……」
こちらが飛び込むと同時にイフリートは炎の渦に包まれた。そして、渦の中央から三つの炎の塊が愛達に襲いかかる。イフリートと全く同じ形をした分身が生み出された。
「あたしの相手はテメェがしてくれるのか。警戒してんのか舐められてんのか……」
「三体までしか出せない……もうやめよ?」
「……調子狂うなぁ!」
なるほど。こいつの消極的な性格と子供の姿に全員力を発揮出来なかったのか。確かにさくらの言っていた「戦っておいた方がいい」ってのは正解だ。子供の人型を見たのは初めてだし、つまりは他にもいるって話だ。
様子見として、ガイアロッドを振りかぶりイフリートの足元を叩く。叩きつけられた地面から流星群のような石の雨が空へ吹き上がる。
「【ベゼルロック】!!」
「無駄なのに……」
「……!!」
打ち上げられた激しい石群の中、イフリートは耳を塞ぐポーズで悲しい顔をしていた。魔法は当たっている。接着した部分から火の粉が上がっている。しかしそれだけだ。全てがすり抜けていた。
あたしは少し距離をとって観察する。恐らく全身が炎で出来ている実態がないタイプ。そういう敵は昔にもいたが、もれなく『核』をどこかへ隠しているのだが、今の攻撃で当たらないって事はこいつにはそれすらない。つまり、死なないってわけだ。魔力の低さを補って余りある特殊体質。
「本当にケルベロスの能力で倒せたのか…」
「ん、やっぱりケルベロス……だよね? あなたの魔力……彼のも入ってる」
「なんだ、『お友達』ってさくらの事かよ」
「さくら……ってのわからないけど、あなたは許さない……」
イフリートの魔力がどんどん大きくなっていく。まさか、変身せずに今まで戦っていたのか、炎の色も赤からどんどん暗く色を深めていく。
「ケルベロス……喰べた?」
「はぁ? 誰があんなやつを食べ……」
イフリートの声からおどおどした感情が消える。やはり作っていたのか、こちらの淡々とした話し方が素だろう。
話の途中だろうと関係なく、イフリートは無数の炎弾をこれでもかと撃ち込んできた。あたしは咄嗟にスリルドライブを発動して回避に集中する。
スリルドライブは最速で、覇王すら視覚的に捕らえるのが困難なスピードが出るにも関わらず、イフリートは正確にこちらの逃げ道を塞いでくる。魔力は今も上昇を続けるのに、ここで捕まるわけにはいかない。
突然涙を流すイフリートは、目元を拭いながらも攻撃の手を止めない。
「わたしも、変身とか出来れば……ケルベロスと同じこと出来れば……酷い人すぐに倒せるのに……ごめん……仇は打つから」
「おいっ! 話を聞け!」
「優しかったケルベロス……もう会えないなんて……悲しい……」
「耳糞詰まってんのかお前は!!」
本気になったイフリートの炎は格段に威力を増していた。被弾した瓦礫が塵も残さず削り取られている様を見ると、一度捕まると大ダメージを免れないのは確実だ。実質変身と変わりない。
流石に手数勝負をすると一撃の威力で勝負する岩魔法では分が悪く、なんとかサポートを頼めないかと愛達を見る。しかし、まだ分身体に苦戦しているらしく手が離せないようだった。
「仲間に助けて欲しいの? 無理だよ。分身もわたしと同じ強さだから……」
「反則かよ!」
「あなたはわたしが殺してあげる……」
「……舐めてんじゃねえよ」
スリルドライブ中に準備していた魔法が発動可能になった。ガイアロッドが身体に吸い込まれ、身体が薄く発光。ここからは肉弾戦だ。
「【バトルフォーミュラ・オリオン】」
召喚していたクリスタルが全て消え、代わりに生み出された二つの黒いチャクラムを握る。スリルドライブが消失したことで地面に足を付けたあたしに向けて、死の炎弾が襲いかかる。
しかし、それを全てチャクラムで打ち消していった。
「ないそれ……炎は、切れないはず」
「バトルフォーミュラは正真正銘の消滅魔法だ。同じ消滅魔法以外で対抗する術はねぇ」
「それも、ケルベロスが使ってた……黒の大地魔法……取られた……」
「貰ったんだよ。つか別にアイツは死んで……」
「これならどう?」
また話を中断された。イフリートの身体が異常に燃え上がり、ヤツの身体からマグマの津波が放たれる。範囲攻撃だろうと絶え間なく切り進めば本体まで届くのだからあたしには効果の無い技だ。
いや、違う。これはまずい……。
「お前ら!! 逃げろ!!」
素早く後退して仲間の元へ走る。そう、あたしは防げるかもしれないが、まだ未熟な愛達には無理だ。最悪直撃で絶命させられるかもしれないのだ。
あたしの声に気付いた三人。何とか距離を取っていた美空は空へ飛び上がり、飛ぶ隙が作れない風利の元へ行って分身体を真っ二つに切り裂いた。
風利も飛行することが出来たが、愛は完全に押し負けていて地面に膝を付いてしまっていた。
駄目だ。間に合わない。
分身体を消した時には、マグマに飲み込まれる寸前。愛を抱きしめ、自分の魔力を一気に高め、全てを愛の身体中に張り巡らせる。
どうか、この子だけでも……。
「諦めるなんて、珍しいこともあるもんね」
突如、あたし達を中心に大津波が発生し、全てのマグマを打ち消してしまった。凄まじい広範囲を一瞬で鎮火してしまう水魔法は、まだ愛には使えないはず。
そしてなによりこれは見たことがある魔法なのだ。
「これは……【ノア】?」
「正解だよ」
聞き慣れた声。振り返ってみると、瓦礫の上に座って足をプラプラさせる一人の女がいた。最も信頼のおける親友がいた。
「な……七海……」
「情けない顔しないでよあかり。まだ戦闘中でしょ?」
「でもなんで……」
元リトル☆ホープのリーダーであり水魔法のスペシャリスト。リトル☆ベリーである佐々木 七海が駆けつけたのだ。
震えが止まらない。何度も、何度も何度も助けてくれた。ピンチになると一番始めに駆けつけてくた最高の親友が、長い月日を経てもまた同じような救ってくれた。これほどの安心感はない。
「ほら行くよあかり! 私の激流で終わらせてあげる!」
「お、おう!!」
何が起こっているのかわからない愛を優しく離し、七海の横に並び立つ。彼女は愛より一回り大きい槍型神器【アトランティス】を構え、あたしは再びチャクラムを召喚した。
「あのさ、あかり……」
「ん?」
「痛いわね……この服」
「…………言うなよ」
感動の共闘からいきなり悲惨な現実を叩きつけられて目眩がした。よく見るといつの間にかコートも焼け落ちてしまっていて、二人仲良くフリフリを来た三十路が並んでいた。
帰りたい……。
七海のノアに巻き込まれていたイフリートはびしょ濡れの身体を乾かすように炎の球に囲まれてじっとしていた。ヤツの身体は炎で出来ているのに、水を浴びても消えてしまうわけではないようだ。
「また……増えた。相性悪い……」
乾かし終えたイフリートが一歩踏み出す。瞳の色が真っ赤に変色していて、踏んだ地面がドロドロに溶けていた。ここからは全力のぶつかり合いだ。
魔界屈指の上位悪魔と、世界を救った元魔法少女二人、どちらが強いか最終ラウンドが始まる。
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