第八話 これが噂の・・・・・・

 もはや公園で修行をつけることが習慣になってきたある日、あたしはコーヒー片手にブランコに座っていた。例の三人はいまあたしが召喚した犬型ゴーレムと戦っている。


「三分半か……」


 ゴーレムが崩れる音が聞こえ、本日のタイムアタックを携帯のメモ帳に記録する。確実に成長する彼女たちを見ていると、師匠としての喜びが芽生えてくるのだからあたしも随分その気になっているようだ。そろそろ場所を変えないと、いくら公園が禁止区域になっているとはいえ誰かに見つかるかもしれない。


「あかりさーん!」


 ゴーレムの討伐に成功した弟子達は走ってあたしの元へ並ぶ。タイムアタックがまた更新した事を確信しているのか、愛は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。


「何分ですか!」

「三分だな。もう今のゴーレムじゃ訓練にならないかもな」

「わーい!」


 無邪気に仲間と手を取って喜ぶ。愛は気付いてないかもしれないが、犬型ゴーレムは愛がデビュー戦で負けた悪魔のレベルを倍くらいにしてあるのだ。強くなった愛はそれだけの実力を備えている。そろそろ実戦も考えていいかもしれない。


「あんな雑魚ゴーレムあと何回やっても無駄よ。もっと強いのを出しなさい」

「あぁ、それを考えていたところだよ。美空特にお前は頭一つ抜けてるから面白くないだろな」

「ふふんっ、よくわかっているじゃない。ま、才能の違いかしら?」


 美空は腰に手を当ててふんぞり返る。高慢な態度だが、美空は誰よりも努力している。周りに隠れて夜中にこっそり練習しているようだが、軽い魔力探知が常に発生しているあたしはどの時間に変身してどれだけの事をしているか手に取るようにわかるのだ。彼女は毎日魔力切れになるまで必死に訓練していた。だから、どんな偉そうなことを言ってももう気にしないと決めたのだ。

 三人の残り魔力とダメージを確認する。ほぼ無傷、魔力も自然回復で満タンに近い。早速無人島での訓練に差し替えよう。


「このまま場所を変えようか。次のゴーレムはこれまでの比じゃねえから油断するなよ」


 勢い良くブランコから立ち上がる。

 その時、事件は起きた。









 ピキっ。









「あっ…………………………」


 再びブランコに座って、その異常事態が何なのか察したあたしの全身から滝のような汗が流れた。


 どうしようどうしようどうしよう。


「あかりさん?」

「なっ……なんでもねえよ」

「でも、すごく顔色が」

「なんでもねぇってば!」


 混乱したあたしは、とにかくゲートを開かなければと魔力を集中させる。ゆっくりと浮かび上がるゲートを見つめながら、さくらを手招きで呼んだ。


「ぷぷっ、あかりも大変だね」

「うるせぇ、お前に、ワープが、使えるようにしてやる。あいつら、修行任せた」

「えぇ〜、僕手加減とか苦手なんだけどなぁ。いじめちゃうかもしれないよ?」

「頼むよ、本当に、やばいコレ……」

「……まぁ、あかりの頼みならねぇ」


 さくらの額に手を当て、あたしの魔力を注ぎ込む。これでこいつもワープゲートが使えるようになった。

 コソコソ話しが気になるのか、三人は心配そうにこっちを見つめていた。悟られるわけにはいかない。あたしにもプライドがあるんだから。


「ほら、早く入りな。ここからはさくらが先生だからしっかり揉んでもらえ」

「え、あかりさんは……」

「あたしは、あれだ。次の修行プラン立てるから」

「は、はぁ……?」

「さっさと入りなよ。ゲート消えるだろ」


 こちらを気にしつつも、三人はゲート先の無人島に移動した。さくらも続けて入り、やっと一人になれたところで。


「いってぇえええええ! はぁぅっ! 」


 強烈にズキズキと痛む腰。原因はブランコから急に立ち上がったこと。初めて体験するのに、直感でそれがなんなのかわかる異質の痛み。


そう、ギックリ腰だ。







 布団で横になったまま夜を迎えたあたしは、死んだ魚のようにうつ伏せで無心になっていた。家族はすでに帰ってきているが、家事は全て旦那に任せているためもう何もしなくても良い。というか何も出来ない。

 部屋の扉が開き、首だけ動かして誰が入ってきたのか確認する。そこには小さな犬がご機嫌に尻尾を振っていた。


「あかりも歳だねぇ」

「うるさい……修行は?」

「うん、ちゃんと強めのゴーレムでやってあげたよ。ギリギリ勝てない程度の強さでね」

「そうか」

「ワープゲート便利だよね。僕からしても夢の魔法だったから興奮しちゃったよ。まるで神様になったみたいだ」

「そうか」

「ちゃんとみんな送り届けたよ。魔力切れであかりと同じ格好してたから全員ベッドまで運んだの。僕ってなんて優しいんだろうね」

「そうか」


嬉嬉として報告するさくらに対して、あたしは淡々と答えた。声を出すと腰に響くのだ。

そしてタイミング悪く、また魔界のゲートが開いた。いつもの悪寒が腰に集中して、気持ち悪い痛みが走る。


「ん? この気配。そこそこのが出たね」

「さくら」

「はいはい、あっちの三人もグロッキーだからね。僕が行ってくるよ。あ、ついでに世界中観光してきていい!? せっかくだからさ!!」

「……悪さするなよ」

「もちろん! 行ってきます!」


 早々にワープゲートを開いて姿を消したさくらを見送り、あたしは安心していた。何だかんだ言っても、さくらが仲間になってくれて助かった。まさかギックリ腰で動けなくなる日が来るなんて思った事もなかったから。やっぱり仲間は必要なのだ。


「あかり?」


 入れ替わりで、旦那が部屋へ入ってきた。

不安そうな顔を隠しきれない彼も一日仕事で疲れているというのに、あたしは何してんだろ。


「康介……ごめんな」

「ううん、いつも家のこと任せきりにしてたからね。本当にありがとう、あかり」

「やめろよ……康介が稼いでくれるから、あたしは家のこと出来るんだ」

「……あかり、お腹減ってない」

「それどころじゃねえ」

「そっか、じゃあ身体拭こっか。お風呂入れないと気持ち悪いもんね」

「……うん」


 暗い部屋の中、康介はあたしを仰向けにして服を脱がせる。最近してなかったせいか裸を見られる妙に恥ずかしく、あたしは目を逸らした。

 暖かいお湯で濡らしたタオルで丁寧に拭いてくれる康介は、まるで赤ちゃんを抱くような優しい手つきだった。愛情に溢れていて、すごく大切にしてくれる康介らしい拭き方だ。


「あかり、綺麗だね」

「…………う、うるせ……」

「こんなに綺麗なのに、年齢は年齢なんだよね。まだ十代の君を見ている気持ちになってたよ」

「あぁ? いまおばさん扱いしたか?」

「ち、違う違う!!」

「……」

「でも、実際いつまでも若くはないよ。僕も、君も。だから無茶しないでくれよ」

「……わかってるよ」


 全身を拭き終えた康介は、そのままパジャマに着替えさせてくれた。正直、無理すれば着替えるくらい自分でも出来るのだけど、ゆっくりと二人きりで話すことも少なくなっていたからつい甘えてしまった。

 最愛の人の優しさに包まれたせいか、突然睡魔が襲ってきた。大きく欠伸をすると、康介は笑いながらあたしの頭を撫でる。


「あかり、おやすみ」

「ん、おやすみなさい」


 久しぶりに、おやすみのキスをした。

 何だか胸が熱くなって、彼と繋いだ手が離せない。


「な、なぁ康介」

「なに?」

「今日、一緒に寝ない……?」

「いいけど、しないよ? 腰痛いだろ?」

「一緒に寝たいだけだよ!! ……っ痛ぅ!」


 叫んだことで腰に痛みが走って悶える。それを見て康介が笑う。そういえば、同棲してた時もこんな感じだったな、

 若い頃を懐かしむように、二人でベッドに並んだ。手を繋いで、ただ眠るだけ。それだけで、あたしは幸せになれるんだ。

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