第七話 教え上手を呼んでこい

「本当に、変身しなくていいんですか?」

「あぁ、いつでもかかってこい」


 ガイアロッドを肩に担いで、あたしは変身済みの三人の少女を煽る。その様子を遠くで離れて見てるケルベロスの『さくら』は、日向ぼっこをしながら微睡んでいた。ちなみに、さくらは娘が付けた名前だ。悪魔に性別は無いらしいからセーフだろう。

 愛と美空が目を合わせ、攻撃態勢に入る。近距離武器が出るなら、まずは肉弾戦といったところか。風利は後方支援が得意なのかまだ動こうとしない。


「美空ちゃん、左から行って!」

「わかってるわよ!」


 左右に走り出す二人を確認してから、身体強化のクリスタルを出現させ杖に付属させる。変身無しでも、彼女達相手ならこれだけで十分に戦える。

 槍の刺突、大鎌の斬撃がギリギリまで迫るとあたしは姿勢を落として回避する。勢い余った攻撃はお互いを弾き合い、二人の態勢が崩れる。


「コンビネーションの練習しとけよ」


 威力的には、ただ振り回しているだけでそこそこ強い。コイツらの弱点は『当たらない』という部分だろう。戦闘の駆け引きも知らないとまぁそうなるよな。

 自立型のクリスタルを出して愛に差し向ける。突進してくるクリスタルを弾くことに手一杯になっているうちに、さっさと美空を戦闘不能にしよう。


「おわっ」


 美空に一撃入れようとしたところで、目の前をクナイが通過した。危ない危ない。風利は影が薄いからつい居ることを忘れてしまう


「風利! 手出ししないでよ!」

「でも美空、いまのやられてたよ?」


 風利は足首まであるデカいコートをまとってフードを被っている。恐らくこの中では一番戦闘向きの思考をしている冷静派の忍者少女だ。初めて会ったあの日から、一言も発せずじっとあたしを観察していたのだ。


「おいおい、フォローがあって初めて本領発揮するのがお前の武器だろ。一人にこだわるな」

「くっ……」


 美空は悔しそうにあたしに切りかかるが、ただ振るだけの攻撃は当たらない。防ぐ必要もない。どうにも美空は一人で先行しがちなところがあり、速度も出ない大鎌とは相性が悪い。

 戦闘において、速度は最重要項目だ。はなからそれが削がれている大鎌は、その分の一撃で絶大な威力がある。連携が命と分からせるには痛い目見てもらわないといけないのかもな。


「美空ちゃん!」


 後ろから声がして振り向いてみれば、すでにクリスタルを破壊した愛がこちらに向かってきていた。もっと時間がかかると思っていたが、彼女もどんどん成長しているようだ。

 愛の突撃に合わせて風利まで忍者刀を握って接近戦に切り替えた。スピードタイプが二人増えれば流石に素の状態で避けるのが困難になる。


「【スリルドライブ】」


 速度と遠隔操作のクリスタルを合わせた応用魔法を唱え、出現したクリスタルの上に乗る。この魔法を使ってしまうと、訓練にもならないかもしれないが。


「き、消えたよ!?」

「どこ行った!」


 動揺する新米達の上空で、あたしは悩みながら次の手を考える。

 今の回避が「見えない」レベルなら、あまり強い魔法だと大怪我をしてしまうかもしれない。かと言って弱過ぎて破られると変に自信を付けてしまいかねないし、手加減が難しい。


「おーい、あかりは上にいるよー」


 あたしの悩む時間を削ぎたかったのか、さくらはニヤつきながら彼女達の味方をした。使い魔になったくせに、相変わらずあたしを困らせるのが好きな犬だ。


「口出しするなさくら!」

「いやぁ、暇だったからさ」


 さくらと遊んでる場合じゃない。あたしを見つけた三人は、まだ空が飛べないのか遠距離魔法の魔力を溜める。せっかくだから魔法戦といこう。

 魔力量から見て、三人とも現段階の大技を使うだろう。今思えば誰がどんな魔法を使うのかまだ見ていなかった。


「【アクアドーム】!」

「【サンダーバレット】!!」

「【火炎咆哮】……」


 愛は水、美空が雷、風利は炎が得意なのか。あたしの仲間にも水と炎がいたから何だか懐かしい。まぁ、無駄に個性的な魔法少女だったから同じ属性なのに同じようには見えないけど。近いのは愛だけだな。


「このくらいかな……【ローズゴーレム・ウィップ】」


 自立魔法のゴーレムの一部を召喚して手動で動かす。これならリアルタイムで手加減が出来る。ゴーレムをそのまま出すと瞬間的な操作が面倒臭いから丁度いいだろう。

 迫り来る三つの放出系魔法を一本の岩の蔓で受け止める。ここで、愛達の弱点を知ることになった。


「弱い……弱過ぎる。まさかコイツら、肉弾戦ばかり鍛えてたのか?」


 消費魔力に比べて威力が余りにも低く、しかも持続力がないのか着弾後すぐに消えてしまった。三人は軽く肩で息をするくらい消耗しているのが信じられなかった。


「魔法少女じゃなくて戦士だなこりゃ」


 彼女たちから戦意が喪失し、勝負がついた。スリルドライブを解いて地面に着地すると、三人は同時に座り込む。魔力自体は切れていないだろうが、気持ち的な問題で落ち込んでいるのだろう。


「あかり、準備運動は終わったの?」

「急に来て嫌味を言うなバカ犬」

「そうだね、ストレッチくらいだもんね!」

「ふんっ」

「痛っ!」


 性格の悪い使い魔を殴って、愛の様子を窺う。勝負にならなさ過ぎて恥ずかしそうにもじもじしていた。


「あの、どうでした……」

「え、え〜……うん」

「…………」

「経験〜かなぁ??」


 フォローしようと思ったけど、中卒のあたしには具合のいい言葉が出てこない。こんな時どう言ってやればいいのだろう。

 いや、下手に先生ぶっても駄目だ。結局あたしには、自分がやってきたことを教えるしか出来ないのだから。


「はぁ、とりあえずだな。魔法を使うことに慣れるといい。何回も使ってると威力も上がるから」

「発動自体の魔力が固定なのに威力だけ上がるなんて都合のいい話しがあるわけないじゃない」

「美空はもう少し教えてもらってる自覚を持てよ。つまり、こういう事だよ」


 あたしは人の大きさくらいの岩と手のひらサイズの石ころを生み出して彼女らの前に浮かべる。


「どっちが強い魔法でしょうか? 仮として、岩は魔力100、石ころは魔力20で召喚してる」

「はぁ? そんなの岩に決まってるじゃない」


 馬鹿にしてるのかと鼻息の荒い美空のために、二つの魔法をぶつけて答え合わせをした。砕けたのは岩の方だ。


「な、なんでよ!」

「これが精度ってヤツだよ。お前らが出してる魔法は岩の方で、石ころがあたしの魔法。わかる?」

「わからないわよ!」

「魔法教えるのって難しいなぁ。さくら、お前説明出来るか?」


 語彙力の乏しいあたしにはこれが限界。伝えたいのに伝わらないもどかしさったらない。

 美空のことが嫌いなさくらは心底嫌そうな顔をしていたが、一応命令として聞き入れたのか仕方なく話し出した。


「いいかい? 岩魔法は魔力100で間違いないんだけど、石魔法はもともと魔力200で召喚する魔法なんだ。同じ『精度』で召喚すると、もともとはこの岩の三倍の大きさはあるんだよ」

「どういうことよ??」

「覚えたての魔法には『粗』がある。そのいらない部分もひっくるめて魔力を消費して召喚しているわけだから、もちろん消費魔力は高いわけだ。これは慣れとも言うけど、使えば使うほど効率的になって粗が減る事で、消費魔力も減るここまではわかるかい?」

「…………はぁ」

「そんで、『粗』が無くなって岩魔法の半分くらいの大きさになったヤツでも隙間が出来るわけだよ。細かい『粗』が入っていたわけだからね。その隙間をギュッと寄せて無くすのが『圧縮』。あかりは『粗削り』と『圧縮』が上手いからここまで小さな石ころに出来たの。普通ここまで小さくはならないんだけど」

「…………」

「『圧縮』するとドンドン密度が高くなって、石ころはダイヤモンドくらい硬くなる。小さくなって空気抵抗も減るから速度も出る。速度と硬度を合わせたのが威力になるから、魔力20なのに100より強いのはそういうわけだよ。つまり、『精度』って言うのは粗を削って圧縮する技術の事さ。物質を生み出す魔法以外にももちろん共通してるよ」


 さくら先生の講義が終了したが、三人ともポカンと口を開けていた。


「質問は?」

「ごめんなさい。ほとんど意味がわからなかったの」

「………………子供には難しかったかな?」

「すまん。あたしも何言ってんのか理解してないんだ」

「……………………」


 せっかく話してくれたのに、何一つ伝わらなかったせいでさくらはふて寝してしまった。理解力が追いつかなくて本当にすまん。

 なんとも言えない空気になったので、本日は実力チェックだけでお開きにした。




 次回までに修行の仕方考えないと……。

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