第六話 あたし疲れてるんだよ
さて、どうしたものか。
帰ったら新人魔法少女に迎えられ、しかもその内の一人は変身までして臨戦態勢。穏やかとは程遠い雰囲気だ。
「なになに、どうしたの?」
「お前のせいだよ……」
ケルベロスは本当に分かっていないようだ。それほど彼女らに興味が無かったのか
こんな状況になったのは間違いなくあたしが抱えているコイツのせいだ。それなのにへらへらと舌を出して間抜けな顔をしている様子を見て苛立ちが止まらない。
愛が新人チームのリーダーと見ていいだろう。彼女は変身した仲間をなだめながらも、まさか生きたままケルベロスを連れてくるとは思わなかったのかチラチラとこちらを不安そうに見ていた。
そんな中、三人で一番気の強そうな金髪ロング女子が口を開いた。
「おばさん、あなたが助けてくれた話は聞いたわ。でも、愛の勘違いだったらしいわね。悪魔の手下め!」
「……お姉さんだ」
「こんな所に連れてきて何がしたいのかわからないけど、無抵抗でやられるほど大人しい方じゃないの。おばさんには刺し違えても消えてもらうから」
「お姉さんだ」
「早く変身しなさい。不意打ちのような真似をするほど卑怯じゃないの。おばさんがどんな怪物だろうと私は……」
「お姉さんだっつってんだろ!!」
しつこくおばさん扱いしてくるもんだから喧嘩売られてるのかと思って怒鳴ってしまった。金髪はビクッと震えて、手に持った大鎌を構え直した。家の中でそんなもの出されたら壁が傷つくんだからさっさとしまって欲しい。
取り繕うのも面倒なあたしは、ケルベロスを床に下ろして台所へ向かった。
「どこ行くのよ!」
「茶ぁ入れんだよ。座って待ってろ」
「勝手なことしないで! 止まりなさい!」
「……座れって、聞こえねぇのか?」
「「っ!!」」
配合した重力のクリスタルを二つ召喚して、反抗的な金髪を無理矢理座らせた。下手に戦えると思ってる子供には、それ以上の力を見せつけるのが早い。
大人しく座っている間にポットから急須に茶葉とお湯を入れる。湯呑みを四つ持って居間に帰ると、金髪は随分と辛そうな顔になっていた。
無条件で座っていた愛は懇願するようにあたしを見上げる。
「お姉さん……」
「わぁってるよ。ほら」
クリスタルを消して、あたしは彼女達の正面に腰掛けた。ヘトヘトの新米はずっとあたしを睨みつけていて、まだ闘争心は消えていないようだ。最近の魔法少女は実力差も測れないのだろうか。
「全く、なんでこんなことになるんだか」
「あかりが自分でゲート開いたんだよ?」
「うるせぇ!」
コツンとケルベロスの頭を叩く。こいつの事も家族にどう説明すればいいのかわからないのに、その前にこんな修羅場が来るなんて本当に運がない。
金髪も静かになったことだし、さっさと話を終わらせて追い出そう。
「自己紹介がまだだったな。あたしは地走 あかり。お前らの先輩魔法少……魔法使いだ。詳しい事はまだ言えねぇ」
「あ、改めまして、はじめましてです。川田 愛と言います。こっちは美空ちゃんで、こっちが風利ちゃん」
愛は喋らない二人に代わって名前を教えてくれた。金髪の大鎌使いが美空で、寡黙な方は風利というらしい。
「まぁ、よろしくな。仲間は三人だけか?」
「はい、私の次に美空ちゃんが魔法少女になって、風利ちゃんはいつからなったのか教えてくれないのでわかりません。三人とも同じ学校なんです」
「へ〜、チーム名とかあんの?」
「えと、別に名乗ってはいないんですが、ニュースでは『THE ONE』と名付けられてました」
「は? なにそれカッコイイ」
「え? あ、あかりさんはチームとかあるんですか?」
「……………………言いたくない」
なんでそんな格好良い名前してんの? あたしらなんで『リトル☆ホープ』なの? あたしはなんで『リトル☆プラム』なの? なんで真ん中に『☆』入ってんの?
だいたい名前なんて勝手に呼ばれ始めるものなのだけど、あたしらを名付けたやつ絶対許さないからな。
謎の劣等感にもやもやしていると、愛は何か言いたそうに手遊びをしながら視線をさまよわせていた。もちろん、ずっと気にしていたあの事だろう。
「お前が言いたいことはわかる。この犬のことだろ?」
「えと……はい」
「使い魔になった。だからもう味方だ」
「はぁああ!? こっちは殺されかけたのよ!?」
あたしと愛が話してるのに美空がキレ出した。もう少し黙っていられないのかこいつは。
ケルベロスはぺろぺろと自分の手をケアしながら興味無さげに答えた。
「あかりが来るまでの暇つぶしで遊んであげただけなのに酷いこと言うなぁ。殺すとか殺されるとか物騒だよ」
「どの口が言うのよ! こんなおばさんのペットに成り下がった低級悪魔!」
「……そんなに死にたいなら殺してあげてもいいよ? あかりとの契約に、君たちを襲わないなんて無かったからね」
ケルベロスは飛び抜けた上級悪魔だ。流石にそれを馬鹿にされるのは癪に触ったのだろう。珍しくイライラしていた。
「こら、勝手な事をするな。お前が低級なわけねぇだろ」
「僕はあかりが馬鹿にされたことに怒ってるんだよ。こんな弱い魔法少女見たことないくらいなのに、口ばっかり達者なんて最悪だよ」
「そんなに嫌ってやるなよ」
「いや、嫌いだね」
新米達よりケルベロスが暴れる方がよっぽど厄介だ。仕方なく膝の上に乗せて背中を撫でてやると、さっきまでの怒気が嘘のようにとろけだした。
ケルベロスの啖呵にビビったのか、雑魚扱いされて傷ついたのかはわからないが美空は涙目で黙りこくってしまった。かなり生意気な子供だけど、子持ちの身としては多少気持ちが重くなる。
「脱線したけど、ケルベロスと契約したのは本当だ。こいつの背中に契約の印があるが証拠。別に納得しなくてもいいけど事実は事実だからな」
「いえ、信じます。あかりさんには二度も助けてもらったわけですし」
「そうかい。他に質問は?」
「聞きたいことは山ほどあるんです。魔法少女のこと、悪魔のこと、今何が起こっているのかとか。でも、一番は……」
愛はゴクリと唾を飲み込んで姿勢を正した。
「修行……つけてくれるんですよね?」
「…………あ」
「あかりさん言ってました。戦い方教えてくれるって。今の私たちは弱くて……これからの事が不安でたまらないんです」
愛は下を向いて落ち込んでしまった。今までよっぽど苦戦して戦ってきたのだろう。死に繋がる惨敗はあたしが知っているだけでも二度。そりゃ戦うのが怖くなるってもんだ。
下手な約束はするもんじゃないな。こんなに一生懸命で礼儀正しい子を無下にしては旦那に怒られちまう。
「はぁ……まぁ、約束だもんな」
「じ、じゃあ!」
「次の日曜日。十二時に丘上の公園にきな。少しだけ見てやるから」
「ありがとうございます!」
身を乗り出して全身で喜んでいる。本当は戦い方なんて教えたくない。戦わせたくないのだ。あたしがいれば大抵の悪魔は送り返せるし、今はケルベロスもいる。子供が世界を守る時代はもう来なくていいと。説明したところで、この子は戦うのだろうが。
「一つ約束だ。次の日曜日まで悪魔が出ても近付かないこと。あたしがやるから大人しくしてろ。約束破ったらもう教えてやらねぇからな」
「はい!」
「そんじゃ、今日はもう帰りな。遅くなると母ちゃんが心配するからな」
話が終わるや否や、急いで玄関まで連れていきゲートを開く。もうすぐ雪も帰ってくるからいつまでも居座られたら困るのだ。
一人ずつ飛ばして、最後に美空が残った。何故か彼女だけいつまでもゲートに入ろうとしない。
「どうした、トイレか?」
「…………もん」
「ん?」
ボソボソと呟く美空に耳を寄せると、小さな声を震わせて一言だけ呟いた。
「まだ信じてないもん……」
そのまま逃げるようにゲートをくぐる。随分嫌われたものだ。これでも子供は好きなもんで、あんな顔をされたら溜まったものじゃない。
ようやく静かになって、つい溜息が出た。今日は肉体も精神もすり減らすドタバタの一日だったけど、ようやく落ち着いのだ。
「あー疲れた。さっさと晩飯の……」
「ただいまー!!」
玄関の扉が勢いよく開き、娘の雪が満面の笑みで顔を出した。
危ない、ギリギリだったのか。
「おかえり雪。楽しそうだけどなんかあったのか?」
「うん! 実はね!」
「たっだいまー!!」
雪の後ろから、今度は旦那の康介が顔を出した。
「パパと一緒に帰ってきたの!」
「ここここ康介!?」
予定外だ。こんなに早く仕事を終えて帰ってきたことは一度もなく、ただただ驚きで口が開いてしまう。
いやそんな事より、アレのことなんて説明すれば……。
「いや〜仕事が早く終わ……終わっ、て」
康介は当たり前のように、あたしの足元にいるケルベロスを見て固まった。彼にとってケルベロスはトラウマの塊なのだ。
「わんちゃんだー!!」
「康介違うんだ! ちゃんと理由が!」
「あ……あぁ……あぁ……」
この日一番の修羅場が始まる。
余談だが、康介を納得させるのに一週間近くかかってしまったのだった。
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