Ⅱ-5 鬼の宝……

 湯で汚れを拭き取ると、幾分生き返ったような気がした。新しい着物に着替えると、随分心地良かった。


 由良は、布を持ったまま、どうしたものかと、ちらちらとこちらを見ていた。


「誰も、お前の小便臭い体なんか見ねぇよ」


 鬼羅が云うと、由良はムスッとした顔をして、鬼羅たちに背中を向け、その場で着物を脱ぎだした。


「おい、おい、おい」


 鬼羅と鯨丸は慌てて背中を向けた。


 男臭い部屋に、甘酸っぱい少女の香りが広がる。


 鬼羅の鼻腔を刺激する。


 鯨丸は、盛んに体を前後に動かしていた。


 鬼羅は、ちらりと由良のほうを見た。


 別に見たかったわけではない。もう着替え終わったかなと思って見たのだと、自分に言い訳しながら、由良のほうをそっと見た。


 由良は、背中を拭いていた。


 仄かな明かりのなか、少女の白い肌が雪明りのようにぼんやりと浮かび上がっていた。少女が手を動かすたびに、背中に艶やかな影ができた。


 いかん、いかんと、鬼羅は首を振った。


 ガキに色情するなんざ、俺も焼きが回ったか? と、鬼羅は頭を掻いた。


 由良が着替え終わるのを待っていたように、店の主人が入ってきた。鬼羅たちが脱いだ薄汚れた着物を持って行こうとする。


 洗えば、まだ十分着られる。


 着物は貴重品だ。


 売りさばくつもりだろう。


 主人が何も言わずに持っていくので、鬼羅が慌てて止めた。


「待て待て、ちょっと待て、俺の服は持っていくな」


 慌てて奪い返した。


「全く、あのオヤジは油断も隙もないな」


 主人が出て行くと、鬼羅は着物を裏返し、背中に縫い付けられた裏地の糸を歯で噛み千切った。つうっと糸を抜くと、裏地が剥がれた。


 中から、油紙に包まれた一枚の紙が出てきた。


「危うくこいつを忘れるところだった」


 鯨丸が驚いたように覗き込んだ。


「そんなところに隠していたんですか? それ、あの方がおっしゃってた巻物でしょう?」


 鬼羅は慌てて紙切れを隠した。


「あの方がおっしゃっていたことって、本当のことだったんですね。鬼羅様は、大事なものを着物に縫い付けて持ち歩くって」


「あのバカが、余計なことをベラベラとしゃべりやがって」


 隠し場所を変えた方が良いようだ。


 鬼羅が、腕組みをして新たな隠し場所を考えていると、


「見せてください」


 と、鯨丸が手を出してきた。


「はぁ? 何で?」


「私、漢字読めますよ」


 少し誇らしげに云う。


「バ、バカ野郎、俺だって漢字ぐらいは読める。だが、こいつに書かれてるのは、意味が分からんのだよ」


「だったらなおの事です。ほら、三人寄れば、何とかの知恵とか云うじゃないですか」


「文殊か?」


 鬼羅、鯨丸、由良の三人。


 しかし、元服前の若造と姫さまだ。二人を足しても、一人分の知恵も出てきそうにないが………………


「鬼羅様、私のこと疑ってらっしゃいますか? こう見えても私、『論語』も『孟子』も諳んじることができるんですよ」


「何? 本当か?」


 さすがに鬼羅は、『論語』など読めない。


「ええ、一応は、平家の末裔ですから」


 ダメもとで見せてみるか………………。


「いいだろう。見せてやる。その代わり、謎が解けても、宝の取り分はなしだ。俺は、お前さんがたをただ同然で護衛してやってるんだ」


「構いません」


「よし、いいだろう。ただし、中身のことは誰にも云うなよ。伊賀の里の者ですら、この中身を知っているのは殆どいない。門外不出の巻物だったんだからな」


 鬼羅は、油紙から紙切れを取り出した。

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