Ⅱ-4 安宿で……

 しばらく松の下で休んだあと、鬼羅たちは街道に近い安っぽい宿に入った。


 奥から、前歯の反り返った男が出てきた。店の主人のようだ。


「雑魚寝でよろしいか?」


 と、つっけんどんに訊いてきた。


「いや、大事な商い品を運んでるんだ、部屋を」


「生憎、部屋は空いてませんが」


「ひとつもねぇのか?」


「まあ、ないこともないですが」


 主人は含んだような云い方をした。


 金を多めに払えということらしい。


 鬼羅ひとりなら野宿でもいい。寺の縁の下でも寝転がればいい。忍びたる者、野宿は慣れている。


 しかし、若様、お姫様育ちの鯨丸と由良に、野宿はきつかろう。


 しかも、先ほどの件で由良は相当疲れている。


 まだ旅は続くのだ。


 確りと休ませてやりたい。


「金は多めに払う。いくらだ?」


「これだけいただければ」


 主は指を三本出した。


 相場の三倍だ。


「くそっ、足許見やがって」


 他の店にしてやろうかと思った。


「他の店では、もっとふっかけられますぜ、旦那」


 実に商売上手な主人だ。


 結局支払った。


 すると主人は急に笑顔になって、


「さあ、さあ、どうぞ、こちらへ。この宿で一番良いお部屋にご案内しますから。おら、そこどけ、お客様がお通りだ」


 と、囲炉裏端で荷を解いていた客たちを蹴散らした。


「ワシらも客じゃろうが」


 と、男たちはブツブツと呟いていた。


 白い犬が一緒に上がりそうになった。


「ちょっと、ちょっと、旦那、犬はいけませんよ」


「おっ、悪い。おい、由良、そいつは外の柱にでも結わえておけ」


 由良は不満そうな顔をした。


「旦那、どうしても犬と一緒が良いって言うんなら……」


 主人は、当然のように手を出す。


 犬のために金など払えるか!


「ええい、俺が結わてきてやる!」


 鬼羅は急いで犬を連れ出し、外の柱に結わえ付けた。


 主人は一番良い部屋と云ったが、三人が横になると身動きができないほど小さな部屋だった。


 壁板からは隙間風が入り込み、油皿の火を揺らしている。


 旅人たちの汗が染みこんでいるのか、酷く汗臭い。


「まあ、足を伸ばして横になれるだけましか」


 鬼羅は疲れたように溜息を吐いた。


「おい、主人、この街に湯屋はねぇか?」


「へぇ、遊びに行かれますので? 旦那も隅におけねぇな」


 店の主人は由良を一瞥し、反り返った前歯を剥きだしにしてにやけた。


「バカ野郎! この汚れを落すんだよ」


「へぇ、生憎。まあ、もう少しいただければ、お湯をお運びしますが」


 主人は手を出した。


「上手い商しやがるな」


 ぼやきながらも、鬼羅は銭を渡した。


「なんなら、着物のほうも調達してきましょうか?」


 主はにこりと笑い、鬼羅は深い溜息を吐いて、懐に手を入れた。

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