Ⅱ-3 由良の不思議な力……

 餅屋の前で人だかりができている。


「ちょっとごめんよ」


 人垣を掻き分けると、餅屋のオヤジが白い犬を棒切れで殴りつけているのが見えた。


 相当殴られたようだ。


 犬はぐったりと倒れ込み、白い毛が真っ赤に染まっていた。


 由良が慌てて駆けつけ、犬を抱きかかえる。


「何だ、お前さんは?」


 オヤジの問いに、由良は鋭い視線で返事をした。


「そうか、お前さんが飼い主だな。ちょうどいい、お前さんもこの犬と同じようにしたやるよ!」


 オヤジは、勢い良く棒切れを振り上げる。


「待て待て、オヤジ」


 鬼羅は、慌ててオヤジの手を掴んだ。


「たかだか犬一匹、この仕打ちはないだろうが」


「冗談じゃねぇよ、こっちは商いだ。大事な商い品を食われちゃ、やっていけねぇだろうが!」


「分かった、分かった。金は払う。いくらだ」


「金の話じゃねぇ! こっちは犬っころに食わせるために餅を作ってんじゃねぇんだよ!」


 オヤジは唾を飛ばして怒鳴り上げる。


「オヤジの言い分は分かった。これでどうだ」


 餅一個にしては多めの金を握らせた。


「全く最近のヤツらは、すぐに金で話をつけようとしやがる」


 オヤジは悪態をつきながら、受け取った金をすぐさま懐に仕舞い込んだ。


「自分のケツも拭けないようなガキが、犬なんて飼うもんじゃねょ!」


 ペッと唾を吐いて、オヤジは商いに戻っていた。


 野次馬も、ぞろぞろと散らばっていった。


 由良は、血まみれの犬を抱いて、じっと蹲っている。


「どうだ、白いヤツの様子は?」


 鯨丸が首を左右に振った。


「そうか……、姫さん、可哀想だがそいつはもう駄目だ。あとは、墓でも作ってやって……」


 由良の肩に手をかけた。


 その瞬間、彼女の体が青白く光り出した。


「な、何だ?」


 鬼羅は慌てて手を離し、飛び退いた。


 由良の体が、まるで蛍の光りのようにほんわりと輝いている。


「ひ、光ってやがる……、それとも、俺の目の錯覚か?」


 目を擦ったり、強く瞑ってみたりしたが、やはり青白い光りを放っていた。


 鯨丸は、由良の顔を心配そうに覗き込み、


「由良、ダメだ、止めろ! 由良!」


 と、盛んに声をかけている。


「おい、若さん、これは一体何だ? 姫さんに何が起こってるんだ?」


「こ、これは……」


 そのとき、犬がむっくりと顔をあげ、


 ――ワン!


 鬼羅は両目を引ん剥いた。


「な、何? い、生き返りやがった!」


 鯨丸は、由良の肩を揺する。


「由良! 由良! しっかりしろ、由良!」


 少女の顔を覗き込むと、血の気が失せている。


「だ、大丈夫か? 姫さん!」


 慌てて首筋に手をあてがう。


 脈はあるが、弱々しい。


 鬼羅は、急いで由良を抱きかかえ、人ごみから出ると、近くの松の下に由良を横たえた。


 息はある。


 気絶しているようだ。


 先ほどよりも、幾分血色が良くなっている。


 白い犬が、由良の顔を心配そうに覗き込み、頬をペロペロと舐めている。


「若さん、さっきのあれは何だ?」


「由良には……、不思議な力があるんです。その……、生き物に命を与えるというか……、むかしから、死んだ蝶を生き返らせたり、傷ついた動物を癒したり……、その代わり、由良のほうも相当体力を使うようで……」


 事実、由良の漆のように美しい髪の一部が、白く変色している。


「まさか、自分の命を分け与えているわけじゃないだろうな?」


「そうかも知れません。ですから、その力は絶対に使うなと云ってあったのですが……」


「こいつは驚いた。この姫さんに、こんな不思議な力があろうとは……」


 邦盛は、阿佐一族に伝わる宝は、由良しか触れないと云っていた。


 由良以外の者が触ると、命を奪われると。


 この子の不思議な力は、その宝と関係があるようだ。


「若さん、姫さんに不思議な力があるを知っているのは?」


「私と父だけです」


「そうか、ならいい。若さんの云うとおり、あの力は今後使わないほうが良い」


「はい、あとで由良にきつく言い聞かせます」


 犬が、嬉しそうにワンと吼えた。


 見ると、由良が薄らと目を開けている。


「由良、良かった……」


 鯨丸はほっと胸を撫で下ろした。


 犬は、ペロペロと由良の顔を舐める。


 由良は、くすぐったそうに笑いながら、犬の頭を優しく撫でてやった。

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