Ⅱ-2 かぶき踊りの女たち
「鬼羅様、あれは何ですか?」
鯨丸が指さした。
神社の前に一際人だかりができている。
人を掻き分け前に進み出ると、簡素な舞台の上で煌びやかな小袖を身に着けた女たちが、笛や太鼓にあわせて舞い踊っていた。
薄い絹布を肩からかけ、クルクルと回るたびに風に舞う様子は、まるで揚羽蝶のようだ。
いずれの女たちも美しいが、なかでも真ん中で踊っていた女は存在感がある。目元は花が咲いたように艶やかで、ふっくらとした頬は桜色に上気している。厚ぼったい唇を尖らせると何とも色っぽい。肌蹴た胸元からは豊かな乳房の谷間が覗き、噎せ返るような女の色気が立ち上っていた。
鬼羅は、ゲッとなった。
「鬼羅様、どうかなさいましたか?」
鯨丸が訊くと、鬼羅は何でもないと首を振った。
「あれは、かぶき踊りだ」
「ああ、あれが、いま都で流行っているという」
鯨丸・由良兄妹は、女たちが美しく舞う様子を炯々と眺めた。
特に由良は、憧憬の眼差しで女たちを見ていた。
「おい、もういい加減いいだろう。今夜の宿を決めないとな」
鯨丸と由良を急かすと、二人は残念そうな顔で付いてきた。
特に由良のほうは、何度も後ろを振り返っていた。
「綺麗ですね、あの人たち。なかでも、真ん中で踊っていた人は随分綺麗でした」
「けっ、あんな女なら都にいくらでもいる」、と鬼羅は悪態をついた、「あいつらはな、昼間はああやってかぶき踊りをやって客を集めてるが、夜は男をとってるんだぞ」
「男をとるとは?」
鯨丸が首を傾げた。
「お前、そんなことも知らんのか? つまり、金を取って男と夜を過ごすんだよ」
鯨丸は、至極驚いたように何度も目を瞬かせていた。
由良は、非難するような眼差しで鬼羅を睨みつける。
「そ、そんな目で俺を見るな。本当のことだからしょうがねぇだろうが。片田舎で、お姫様として傅かれて育ったおめぇさんには分からないだろうが、世の中はそういうもんなんだよ。それでなけりゃ、生きていけねぇヤツらもいるんだ。って、何で俺があいつの肩を持つようなことを云わにゃならんのだ。えぇい、くそっ、いいから早く来い」
鬼羅はすたすたと歩き出す。
だが、後ろから付いてくる気配がない。
振り返ると、鯨丸と由良は、きょろきょろと辺りを見回しいる。
「おい、若さん、姫さん、何やってるんだ?」
「は、はい、それが……、由良が、あの犬がいないと」
「犬? あの白いヤツか? そんなのどうでもいいだろうが」
すると由良は、鬼羅を睨みつけた。
「えぇい、本当に世話の焼けるお姫様だ!」
鬼羅は、ガリガリと頭を掻き毟りながら引き返した。
「相当腹を空かせていたようだから、まだ餅屋の前にでもいるんじゃねぇのか?」
すると、
――キャィィン! キャィィン! キャィィィィィン!
犬の悲痛な鳴き声が聞えてきた。
鬼羅たちは、鳴き声がしたほうに駆け出した。
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