Ⅰ-20 パンドラの箱は血を求める……
フェルナンドは、顔を地面に近づけて、まるで犬のように鼻をクンクンと鳴らした。
サルバドールや兄のルイスは、フェルナンドをじっと見守る。
三好俊永や侍たちは、その奇妙な姿を気味悪そうに眺めていた。
「分カッタ。コッチダ」
フェルナンドは、小さな村のほうを指差した。
「本当か?」
俊永は首を傾げた。
「俺ノ弟ヲ疑ウノカ?」
ルイスが睨んだ。
「別に疑いはせんが、しかし、本当に人の匂いが分かるものかな?」
「フェルナンドハ、犬ヨリ鼻ガ利クンダ。現ニ、イママデノ村デモ、アイツラノ姿ガ目撃サレテイルダロウ」
「まあ、確かにそうだが……」
阿佐一族の村から出た三好一向は、フェルナンドの鼻を頼りに獣道を下り、小さな村に出た。
俊永は半信半疑だった。
だが村人に訊くと、実際、鬼羅らしき人物を見かけたという証言が返ってきた。
いく先々で、三人の姿は目撃されている。
確かに鼻は利くようだ。
しかし、俊永はまだ信じられない。
「とりあえず、誰かあの村に行って訊いてこい」
従者のひとりを村にやった。
しばらくして戻って来た従者は、驚いた様子だった。
「確かに、例の三人組みが目撃されています」
「すごいものだ」
俊永は、顎を摩りながらフェルナンドを見た。
フェルナンドは、土を丸めて団子遊びをしていた。
「人には、何かひとつ取柄があるものだな」
と呟くと、ルイスに睨まれた。
俊永は、「失敬」と咳払いした。
「ソレデ、三好様、ヤツラハコノ川沿イヲ下ッテイルヨウデスガ、ドコニ出マス?」
サルバドールが訊いた。
「吉野川を下れば、淡海へ出て、淡路へと入ります。しかし、その前に捕まえてみせましょう。阿波一帯は、三好の所領も同じですからな。鼠一匹たりとも、この阿波から脱け出すことはできませんよ」
俊永は胸を張った。
「ソレハ心強イ」
「ところで、サルバドール殿」と、俊永はサルバドールの顔色を窺いながら訊いた、「この村でもやるのですな?」
「ハイ、オ願イシマス」
サルバドールは当然のごとく頷く。
「おい、みなの者に好きにさせろ」
そう命じると、兵士たちは一目散に村に駆け出し、乱妨狼藉を働きだした。
足軽や陣夫は、実ったばかりの作物を刈り取り、家に押し入り、家財道具を奪った。
身分の高い侍でさ、家から米俵を運び出し、その家に火を点ける有様であった。
これまで通り過ぎた村でも、同じようなことをやってきた。
村人たちは捕らえられ、サルバドールのもとに連れて来られた。
「サルバドール殿、これではまだ足りませぬか?」
と、俊永が訊いた。
「モット欲シイデス。多ケレバ多イホドイイ。〝パンドラ〟ノ箱ハ、血ヲ欲スルノデス」
サルバドールは、捕らえられた娘の頬を撫でた。
娘は、唇を紫色に変色させ、ワナワナと震わせている。
「喜ビナサイ、小羊タチヨ。オ前タチハモウジキ、神ノ栄達ニアズカルコトガデキルノデス」
サルバドールは、形の良い唇の端をきゅっとあげた。
美しい笑顔だのが、あまりに美しすぎて、さすがの俊永でさえも背筋が寒くなってしまった。
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