Ⅰ-18 鬼よりも怖い女

 ひとりの男が美広の傍に駆け寄ってきた。川に落ちた鬼羅の傘を持っている。


「半蔵様、どうぞ」


 と、差し出した。


 美広は、ぼこりと男の頭を殴った。


「半蔵って呼ぶな。美広だ。それで、やつらは?」


 男は頭を摩りながら答えた。


「はっ、二人とも助かりました。川を上がり、村へと引き返しましたが」


 鬼羅は、傘を受け取りながら舌打ちをした。


「生きてやがったか」


「まだまだ襲われそうだな。お前たち、山を下りるのだろう。ワシの部下を護衛につけてやる」


 美広の申し出を鬼羅は断った。


「そう云って、宝や巻物を奪うために俺を襲う気だろう。そんなことでこの俺が騙せると思ってか? 俺が、こいつらの護衛だ。護衛はいらん」


「もう少しで川に落ちかかったのに?」


 美広は笑った。


「やかましい」


 と、鬼羅はそっぽを向いた。


「おい、おまえたち、何してる。休憩は終わりだ。行くぞ」


 鬼羅は、ほっと安堵して座っていた鯨丸と由良を急かした。


「相変わらず、忙しいやつだな。床の中でもな」


 鬼羅は、美広をぎっと睨み付け、歩き出した。


 鯨丸と由良は、美広に一礼すると、慌てて鬼羅のあとを追いかけた。


「あの……、鬼羅様、あの方はいったい?」


 鯨丸は、肩を怒らせ、大股で歩く鬼羅に恐る恐る訊いた。


「あいつか? あいつは服部美広。服部半蔵正成(まさしげ)の娘だ」


 鬼羅はぶっきら棒に答えた。


「親しいのですか?」


「まあ、餓鬼のころからの付き合いでな。俺はあいつを、いつも半蔵って呼んでたのさ。半蔵の娘だからな。あいつは、男の成りをしているが、半蔵と呼ばれるのは大嫌いでな。よくからかってやったんだ」


「鬼羅さまと同郷ということは、やはり伊賀忍びの方ですか?」


「服部家は、伊賀忍びの名家である千賀地服部の出だ。正成は、いまは三河の徳川家康に仕え、伊賀同心の支配役。美広は千賀地服部家に養女に入ったが、むかしから我儘三昧でな。傲慢娘に育たないわけがない。お前らも分かっただろう、あの横柄ぶりが」


「私には、すごくお優しいかたに見えましたが?」


 鬼羅は手を左右に振った。


「あいつは本当に怖いぞ。何をしでかすから分からん。俺も、よく泣かされたもんだ。あいつだけは死んでも敵にまわさないほうがいい」、鬼羅は顎鬚をいじった


「しかし、あいつも動き出したということは……」


 鬼羅は、鯨丸と由良の担いでいる櫃を交互に見た。


「こいつは、相当やばそうなお宝らしいな」


 山を下りる最中、忍び者が付いてきている気配がした。恐らく美広の手の者だろう。鬱陶しいが、特に襲ってくるわけでもない。逆に護衛になるので好きなようにさせた。


 山を下りると、忍びの気配は跡形もなく消えた。

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