Ⅰ-14 鬼の正体は……ただのバカ!!

 鬼羅は、村人たちに、早くこの場から逃げろと命令した。


「お前さんがたじゃ、相手にならん。あいつらは化け物だ」


 しかし、村人たちはひとりも逃げ出さない。彼らは、死体の中に隠していた武器を取り出すと、ルイスとフェルナンドに立ち向かっていった。


 由良と別れを惜しんだ老婆も、弓を構え、ルイスたちに矢を放つ。


「ここはワシらが食い止めますから、お行きなされ!」


「婆さん!」


「ここまで長生きできたのも、若様やお姫様がたのお陰。阿佐一族が宝を守るのが〝掟〟なら、ワシらは若様やお姫様を守るのが〝掟〟。そのための命、惜しゅうはありませぬ。さあ、お行きなされ!」


「ぐぅぅぅっ……」


 鬼羅は歯を食いしばった。


 村人たちは、まるで鎌で稲が刈らとられるようにバッサバッサと倒れていく。


 とても、持ち応えられるとは思えない。


 だが、村人たちの犠牲を無駄にするわけにはいかない。


「分かった、婆さん。行かせてもらうぞ。婆さん、死ぬなよ」


 老婆は、歯のない口でニンマリと笑った。


「あなたさまも。何卒、若様とお姫様をお守りください」


「ああ、婆さん、姫さんの都話を楽しみにして待ってるんだな」


 鬼羅は振り返りもせず吊り橋を渡った。


 後ろで、ぎゃっと鶏が首を絞められたような叫び声が聞こえた。


 前にいた由良が振り返る。


「バカ、振り返るな! 後ろを見るんじゃねぇ!」


 由良は、鬼羅の言葉を無視して、後ろを覗き込んだ。


「バカ、落ちちまうだろうが。しっかりと前を見て渡れ! 村に戻って、もう一度婆さんに会うんだろうが。婆さんと約束したんだろうが、じゃあ、確り前だけを見て渡れ!」


 鬼羅はそう言いながら、心の中でそっと手をあわせた。


 吊り橋は、歩くたびにミシミシと悲鳴を上げ、ユラユラと左右上下に揺れた。


 不規則な揺れかたに歩きづらい。


 一歩でも踏み間違えると、あっと言う間に奈落の底だ。


 由良は、橋の途中で動けなくなってしまった。


「バカ、そんなところで止まるな!」


 由良は激しく首を振る。


 どうやら、怖くて歩けないようだ。


 下を見たので余計に足が竦み、気が遠のくようにその場に蹲ってしまった。


「由良、どうした?」


 先頭を歩いていた鯨丸が引き返し、由良の肩を抱き起こした。


「大丈夫だ、兄様が付いている。さあ、立って」


 由良は、鯨丸に寄り縋りながら立ち上がろうとした。


「姫さん、早くしろ、じゃねえと、おっ……」


 後ろから迫りくる殺気!


 鬼羅は、振り返りざま肩に担いでいた傘をばっと開いた。


 火花が散る!


 ルイスの一撃を受けた。


 鋭い一撃だ。


 手がビリビリと痺れる。


 鬼羅は痺れを堪えながら、柄の尻をぐっと押し出す。


 すると、傘の先から刃物が飛び出し、ルイスに迫った。


 ルイスは、後ろに飛び退く。


 吊り橋が大きく揺れる。


「マタ、オ前カ」、ルイスが睨みつける、「タダ者デハナイト思ッテイタガ、我ラノ邪魔ヲスルトハ。オ前、何者ダ?」


「人に名を尋ねるときは、まずてめぇから名乗るのが筋ってもんだろう」


 鬼羅も睨み返す。


 ルイスはニヤリと笑った。


「私カ? 私ハ、イエズス会パードレ、ルイス・フランコ。ソレデ、御貴殿ノ名ハ?」


「俺か? 俺は」、鬼羅は開いた傘を肩に担いだ、「雨も降ってねぇのに傘を差す、ただのバカよ!」


 ルイスは、頬をピクリと痙攣させた。

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