Ⅰ-13 脱出!!

 耳を劈くような音が響き渡った。


 村人たちが振り返る。


 大屋敷が炎に包まれている。


 荷車を牽いていた老人は、悟ったように頷いた。


「いまの音は何ですか?」


 死体の山から声がした。


「何でもねぇ。声を出すな。あと少しの辛抱だ」


 老人は再び力を込めて荷車を牽いた。


 阿佐一族の墓は、鬱蒼とした森の中にあった。膝丈ほどの小さな墓が列をなし、一番奥に草むらに埋もれるようにして人の背丈ほどの墓石が立っている。


 墓場に着くと、村人たちは荷車から死体を降ろしはじめた。


 荷車を牽いていた老人は、「う~ん」と唸りながら背中を伸ばし、腰をトントンと叩いた。


「鬼羅様、これを」


 死体の中から櫃と傘が出てきた。それを村人のひとりが、重たそうに老人に手渡した。


「おう」と、老人は野太い声で答え、軽々と櫃を背負い、傘を担いだ。皮が弛んだ首筋に手をあてがい、ベリベリと顔の皮を剥いでいく。


 すると、鬼羅のごっつ顔が覗いた。


「おい、もういいぞ」


 死体の山に呼びかけると、ひとつがムクリと起き上がった。


 鯨丸である。


 彼は、気味悪そうに死体を掻き分け脱け出すと、ほっと安堵の溜息を吐いた。


「おい、姫さんももう起きろ。死体ごっこは終わりだぜ」


 由良は、まだ呆然と死体の中に横たわっていた。


 無理はない。


 いくら安全に逃げ出すためとはいえ、死体の中に入れられたのだから。しかも、あの食いしん坊の南蛮人フェルナンドに食われそうになったのだ。生きた心地がしなかっただろう。


 由良は、村の女たちが手助けして、ようやく立ち上がることができた。立ち上がっても、まだ足許がフラフラしている。


「おいおい、頼むぜ、姫さん。俺は宝を守るだけで精一杯だからな。お前さんの子守までしてられねぇんだ。己の身は、己で守ってくれよ」


 文句を付けると、由良は恨めしそうに鬼羅を睨んだ。


 まったく可愛げのないヤツだと思った。


 鯨丸・由良ともに、櫃を担いでいる。どちらかに、宝が納められている。敵や盗賊の目を欺くためだが、鬼羅も、どちらに入っているのか教えられていない。


そこまで信用されてないのかと、鬼羅は聊か不満だ。


「まあいい、それで抜け道はどこだ?」


 鬼羅は周囲を見渡した。


 見渡す限り木々で囲まれ、獣道すらなさそうだが………………


「こちらにございます」


 男が指示を出すと、村人たちは一番奥の大きな墓石を押し倒した。さらに、生い茂った木や草を刈り取っていく。


 やがて視界が開け、吊り橋が出現した。


 葛を編みこんだ簡素な吊り橋だ。足場は、人の足幅ほどしかない。かなりの高さがあり、僅かな風でもギシギシと厭らしい音を立てて揺れていた。


「なるほど、こいつは厳重だな」


 鬼羅は片方の眉だけきゅっと上げ、驚いて見せた。


「よし、じゃあ、行くぞ。いいな」


 鬼羅は、倒された墓石を踏み越えた。


 鯨丸と由良は、村人に別れの挨拶をした。


「きっと、きっと戻ってくるから。みんなも無事で。父上のこと、何卒よろしくお願いします」


 村人は誰もが涙を流していた。


「若様も、お姫様もご無事で。殿様のことは、オラたちがきっとお守りいたしますので」


 ひとりの老婆が、由良の手を取った。


「お姫様、ワシらはいつでもお姫様のご無事を祈っております。必ず、お姫様は戻っていらっしゃいます。それまで、ワシは絶対に死にませんから」


 由良は頷き、涙を流しながら黙って老婆を抱き締めた。


 邦盛も、鯨丸と由良も、村人に慕われていたようだ。


 何の変哲もない小さな村だ。


 米だってそんなに獲れるわけではないだろうが、侍が攻めてこなければ、それなりに幸せに暮らしていたはずだ。


 それが、たったひとつの小さな宝のために、幸せが音を立てて崩れ、多大な犠牲を出した。


 鬼羅は腹立たしかった。


 小さな宝のために犠牲になる村人が………………


 その村人に犠牲を強いる邦盛が………………


 村人の血を吸う宝が………………


 何より、小さな宝如きで村を攻撃する侍たちが憎かった。


 人の命よりも、茶器や刀剣に血道をあげる武士という存在が、あまりに滑稽で、あまりに愚かで、無性に腹が立った。


 ―― 宝探しなんてもんは、他人に迷惑をかけずにやるもんだ!


 その宝を、金のために運び出す自分自身にも苛立っていた。


 これ以上臭い芝居を見せられては、やる気が失せる。


「おい、姫さん、三文芝居はもういいよ。早くしろ、もう行くぞ。じゃねえと、やつらが追って……」


 銀色の筋が視界を過ぎった。


「ぎゃぁぁぁぁっ!」


 次から次へと悲鳴が上がっていく。


 村人たちが血を噴出し、バタバタと倒れていく。


「ドケ、ドケ、ゴミドモ!」


 ルイスだ。


 大鎌を振り回しながら、こちらに駆けてくる。


「ルイス兄チャン、待ッテヨ~~」


 後ろから、弟のフェルナンドもドタドタと付いてきた。あの巨漢で、木だろうか、墓石だろうが、人だろうが薙ぎ倒していく。


「やべぇ! またあいつらか! あいつらは本当にやべぇぞ。おい、若さんたち、早くこい」


 鬼羅に急かされ、鯨丸と由良は墓石を踏み越え、吊り橋に足をかけた。

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