Ⅰ-12 ワレらの掟……

 ルイスとフェルナンドが入った大広間には、正面に神棚が設けられ、その上に白木作りの箱が置かれていた。


 箱の前には阿佐一族の当主、阿佐邦盛が座っている。


 邦盛を取り囲むように、俊永と数人の侍、そしてサルバドールが立っていた。


 俊永は箱を指さしながら、


「これが、例の宝か?」


 と、邦盛に問うた。


「左様、これが我が一族に伝わる平家伝来の家宝にございます」


「うむむむっ……」、俊永は顎を摩りながら箱を舐めるように見た、「うぬっ、これが、信長様が欲しがっていた宝か……」


 箱に触れようとすると、邦盛が制止した。


「お止めなされ。それは、当主の私ですら触れませぬ。触れば一瞬にて、命がなくなりまする」


 俊永は、伸ばしかけた手を引っ込めた。


「しかし、触れぬなら、どうやって信長様のもとへ届けるのだ?」


「その心配はご無用。そなたらは、この宝を信長に届けることはできもうさん」


 そう言うと邦盛は、後ろ手にして、背後から縄と油皿を取り出した。縄は、箱につながっている。


 俊永と侍たちは、ぎょっとなり、後退りした。


「各々方、死での旅、ともに楽しもうではござらんか」


 邦盛は、縄に火を点けようとした。


 刹那、サルバドールがサーベルを抜き、さっと横薙ぎにする。


 邦盛の両手が吹っ飛び、油皿は優雅な放物線を描いて、サルバドールの左手に乗った。


 火は、消えずに揺れている。


 邦盛の切り落とされた両腕から、どっと血が溢れ出す。邦盛は、激痛と憎しみに顔を引き攣らせながら、サルバドールを睨んだ。


 サルバドールは、冷たい目で邦盛を見た。


「コンナコトダロウト思イマシタヨ」


 サーベルで箱を突き刺すと、真っ黒な砂が零れ落ちた。


 火薬だ!


 邦盛の血に溶け込んでいく。


「宝ではないのか? おのれ、謀ったか!」


 俊永は、邦盛を睨みつける。


「ぬしらのような間抜けに、家宝などやれんわ」


 邦盛は微かに笑った。


 サルバドールは、邦盛の首筋にサーベルをあてがった。


「本物ノ箱ハドコデス?」


「さあな、どこであろうか?」


 ぐっとサーベルを押し込むと、邦盛の首から血が滲み出た。


「くっ……、殺すが良い。我が一族は宝を守るためだけに生きてきた。それが、ワシらの〝掟〟。死など恐れぬ」


「ナラバ、死ネ!」


 サルバドールは、邦盛の首を刺し貫いた。


 邦盛は、両目をかっと見開き、火薬と血の海に倒れ込んだ。


「サ、サルバドール殿、邦盛を殺してどうするんだ。こいつしか、宝のありかを知らんのだぞ」


 俊永は顔を引き攣らせている。


 サルバドールは、涼しげな顔で云った。


「コノ男ハ、拷問シテモ箱ノ在リ処ナド話サナイデショウ。ハジメカラ死ヌ気デシタカラ」


「ならば、屋敷の中を隈なく捜して……」


「ソノ必要モナイデショウ。屋敷ヲ捜索サレルコトモ重々承知デス。モウコノ屋敷ニハアリマセン」


「で、ではどこに? 宝を運び出す隙もなかったはずだが」


「降伏後ニ、屋敷カラ出タノハ?」


「屋敷に立て籠もっていた村人だけだ。だが、こいつらは全部調べた。それらしい物を持っていたヤツはひとりもいなかったぞ」


「死体マデ?」


 俊永は、うっと声を詰まらせた。


「そ、そこまでは……」


 サルバドールは嫌味っぽく鼻で笑った。


「完全ニ騙サレマシタネ」


「ま、まさか?」


 俊永は驚きで両目を瞬かせた。


「クソッ、アノ中カ!」


 ルイスが叫んだ。


「アノ中ッテ、ドコ、ルイス兄チャン?」


 フェルナンドが訊いた。


「死体ノ中ダ。アノ荷車ノ中ダ。サルバドール様、スグニモ追イカケマス」


 ルイスとフェルナンドは、すぐさま広間から飛び出した。


「何をしておるか、おヌシらも追わんか」


 俊永は、ぼーっと突っ立っていた部下に怒鳴った。


 部下たちは、慌ててルイスたちを追いかける。


「くそ~、死体の中に隠すとは!」


 俊永も、地団駄を踏みながらあとを追った。


 ひとり残ったサルバドールは、邦盛の死体を見下ろし、


「箱ハ、〝エピメテウス〟ト〝パンドラ〟ニヨッテ持チ出サレタカ……」


 と、油皿を火薬の上に投げ落とした。

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