Ⅰ-11 降伏……

 総攻撃の準備をしていた三好俊永は、阿佐邦盛があっさりと降伏したので、いささか拍子抜けした。


 俊永は、宝の早期引渡しを要求した。


 邦盛は、阿佐一族の家宝なので、戦で穢れた屋敷を清めたのち、引渡しの儀式を行ないたいと伝えてきた。


「面倒じゃ、早く渡せ」


 貧乏揺すりをしながら怒鳴った。


「この条件を呑んで下されねば、宝とともに屋敷に火を点けると」


 阿佐氏の使者がそう言うと、俊永は真っ青な顔になった。


 俊永は、伊賀村を攻めた北畠信雄のことが脳裏を過ぎった。昨年、信雄は、伊賀の宝を奪えと信長に命じられた。伊賀攻めは成功したが、宝を奪うことはできなかった。


 信長は、烈火のごとく怒り狂ったという。


 俊永は、こめかみをピクピクと痙攣させ、青紫の唇を歪めながら、口汚く罵る信長の様子を想像し、背筋に悪寒を感じた。


 たかだが宝ひとつのために大軍を送り、なおかつ再三の催促の書状に、南蛮人の目付け役まで派遣してきた。


 信長の執着は、いささか異常だ。


 もし、この宝も伊賀の宝と同じ運命を迎えれば、信長はどうするか?


 当然、怒りは信雄の比ではないだろう。


 信雄は実の息子だから殺させることはなかったが、俊永なら間違いなく殺される。


 死体は晒しものだ。


 一族まで根絶やしにされるだろう。


 俊永は、


「分かった、分かった。宝を無事渡すならそれでよし。そちらの好きにするが良い」


 と、邦盛の条件を呑んだ。


 阿佐氏の大屋敷から、ぞくぞくと死体が運び出された。


 死体を載せた荷車の列ができた。荷車には死体が山のように積まれた。


 三好の兵士たちが見守るなか、戦疲れした男や老人が荷車を牽き、女子どもたちは、肉親の遺体が載っているのか、取りすがって泣いた。


 フランコ兄弟の弟、食い意地の張ったフェルナンドは、山のように積まれた死体を見て、涎を垂らした。突然、目の前を通った荷車を止め、死体の手をむんずと握った。


「な、何をなされます、お侍様」


 荷車を牽いていた老人が、慌てて止めに入った。


「コレ美味シソウ。コレ食ベタイ」


 フェルナンドの掴んだのは、若い女の死体だった。


「お侍様、ご無体な。死体を食べるなど、とんでもない」


 老人は、手を放すように懇願した。


 兄のルイスも、フェルナンドを叱った。


「フェルナンド、死体ナンテ食ウナ。腹ガ痛クナルゾ」


「デモ、コレマダ温カイ」


「死ンデ間モナインダロウ。全ク食イ意地ノ張ッタヤツダ。オラ、早クシロ。サルバドール様ガオ待チダゾ」


 ルイスは屋敷の中に入っていった。


「待ッテヨ。ルイス兄チャン」


 フェルナンドは、残念そうに何度も荷車を振り返りながら、兄を追いかけていった。


「まったく、南蛮のお侍様は何を考えているんだろう?」


 老人は額の汗を拭い、気を取り直して車を牽いた。

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