Ⅰ-8 報酬は2倍

「まあいいや、お前さんがたの選んだ道だ、好きにするさ。だが、待てよ。それじゃ話がおかしくねぇか?」


「何がじゃ?」


「こいつを信長にも、元親にも渡したくねぇんだろう? だが、この様子だと持ちこたえられねぇんで、光秀に届けてくれっていうんだろう? どう考えてもおかしいだろうが?」


 光秀は信長の家臣だ。放浪の身にあったのを信長に目をかけられ、いまでは一城の主だ。信長を神のように信奉していると聞く。


 元親とも気脈が通じている。


「光秀に渡せば、必然信長にでも、元親にでも渡るだろうが。特に信長の命なら、光秀も宝を献上しないわけにはいかないだろう」


 それは大丈夫だと邦盛は断言した。


「日向守様は、大変思料深く、情に篤いかたじゃ。しかも、大義を持っておられる」


「大義? どんな?」


「この大八洲国に住まう人々を豊かにするという大義じゃ」


「よう分からんな。大義があるから村人の命よりも大事な宝を渡す? 意味が分からん」


 鬼羅は腕組みをし、天井を睨みつけた。


「そなたに意味を分かってもらうとは思っておらん。我らには、我らの大義というものがござる。そなたはただ、この箱を日向守様のもとに届けてもらえればいいのじゃ」


「あ~、その云いかた、なんか気に食わねぇな~」


 鬼羅は子どものように拗ねた。


 それを見て、由良が声もなく笑った。


 傍らに座っていた鯨丸が、それを窘めた。


 由良は、ペロッと可愛い舌を出した。


「やってくれるのか? やらないのか?」


 邦盛が問い詰める。


「どうしようかなぁ~、結構危なそうだし、さっきは殺されかけたし、意味分かんないし」


 鬼羅はごねた。ごねれば、もっと金を出すだろうと踏んだ。


 邦盛以下阿佐一族の者は、この戦をすでに諦めている。


 白旗の揚げ時を探っている。


 しかし、宝が足かせとなっているようだ。どうしても宝を信長に渡したくないらしい。


 そうかと云って、鬼羅以外に宝を運ぶことのできる人間はいないだろう。


 渋っていると、邦盛は指を二本出した。


「二倍出そう」


 ごね得だ。


 交渉勝ちだ。


 鬼羅は、心の中でぐっと握りこぶしを作り、天高く突き上げた。


「別に金は欲しくないけど、まあ、くれるって云うんなら、もらうけど。別に金が欲しいわけじゃねぇよ」


 にやけた鬼羅の顔を見て、由良は口元を袖で隠して笑った。


 鬼羅がそれに気が付き、笑いかけると、由良は慌てたように顔を背けた。


「それでは、これで決まったな。では、金をこちらに」


 金は、三方に堆く積まれていた。


 鬼羅は勇んで金を数える。


 約束よりも少ない。


 どういうことだと問い詰めると、


「残りの金は、日向守様が払う」


 とのことだ。


 どうやら、あまり信頼されてないようだ。


「こっちだって商いだ。受けた仕事を途中で投げ出したりはしねぇよ」


 鬼羅はブツブツ云いながら、金を受け取り、櫃の中に入れた。


「鬼羅殿、金を受け取られましたな。では、何卒よろしくお頼み申します」


 邦盛は床に手を付き、額が擦れるほど頭を下げた。


 他の男たちも邦盛に従った。


 打って変って馬鹿丁寧な礼に、鬼羅は恐縮して頭を下げた。

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