Ⅰ-7 信長の欲する宝

「まあいい、箱の中身なんて俺にはどうだっていいことだ。で、こいつをどこに届けるんだ?」


「惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)様のもとにじゃ」


「惟任日向守? 明智光秀か!」


 鬼羅は両目を引ん剥いた。


「左様」


「なぜに明智のところに箱を届けるのだ? しかも、あんたらの家宝だろが?」


「まあ、これには色々と深い理由があってな」


「理由とは何だ? 理由とは?」、鬼羅は那盛を睨みつけた、「この戦と関係があるのか?」


「さすがは鬼羅殿じゃのう。左様、大ありじゃ」


 邦盛は立ち上がり、鬼羅の脇を通って、閉ざされた障子の前に佇む。


 勢いよく開け放つ。


 薄日が差し込む。


 男たちの怒号や呻き声、女子どもたちの悲鳴や泣き声が聞こえてくる。


「いま攻めてきておるのは三好の軍じゃ」


「知っておる。三段菱を見た」


「三好康俊の息子、小太郎が大将じゃ」


「分からんな。こんな小さな村を攻めるのに、三好の御曹司が何ゆえ? しかも、この大人数で? それほど重要な村とは思えんが?」


 邦盛は、鬼羅を睨んだ。


「これは失敬」


 不躾なことを言ったと思ったが、よく見ると、邦盛の視線は鬼羅に向けられたものではない。


 家宝の箱に向けられていた。


「この宝と関係が?」


「左様」と、邦盛は頷いた、「信長が、この箱を狙っておる」


「の、信長?」、鬼羅は素っ頓狂な声を上げた、「信長というと、あの織田信長か?」


「他に誰がおる?」


「信長か、信長……。くそっ、信長の野郎!」、鬼羅は吐き捨てるように云い、「信長、ぶっ殺す!」と、握りこぶしを突上げた。


 鬼羅の突拍子もない行動に、邦盛だけでなく、鯨丸や由良、他の男たちも驚いていた。


 由良などは、艶やかな双眸を大きく見開き、不思議そうに鬼羅を見詰めていた。


「鬼羅殿、何か信長に禍根でも?」


「あっ? まあなぁ。あいつには色々とあるからな。まあ、いい、それで、この箱を信長が狙っているって云うんだな?」


 鬼羅は、顎鬚をいじりながら箱を見た。


 信長のお宝好きは有名だ。茶器や刀剣、南蛮の珍しい品物まで手当たり次第に集めているとか。


「松永山城守も平蜘蛛の献上を拒んで死んだが……、しかし、これがねぇ~」


 鬼羅は首を捻った。


 漆塗りで、螺鈿彫りが美しい。


 だが、信長が所望するほどの宝にも見えない。


 いや、きっと中身が凄いのだろう。


 となると、中身は信長の好きな茶器だろう。


「信長だけではない、長宗我部もこの宝を狙っておる」


 と、邦盛が云った。


「長宗我部? 元親か?」


「左様、やつは二名島(四国)の統一を目指しておる。領土を安堵する代わりに、宝を寄越せと言ってきた」


「断ったのか?」


「当然じゃ。それを伝えると、兵を差し向けると脅してきた」


 邦盛は、どうしたものかと光秀に書状を送った、と語った。


 光秀の家臣斎藤利三の異父妹が、元親の正室である。その関係で、元親へ意見がしやすい。信長も、元親のことは光秀に取次ぎをさせているという。


 光秀からは、『ワシのほうから長宗我部殿に申しておくから』と返事があった。光秀がそう云うのならと、安心していた。


 邦盛は、光秀のことを随分信用しているようだ。


「じゃが、今度は信長が宝を寄越せと云ってきた」


 今度も光秀に仲立ちを頼んだが、恩義のある信長には逆らえんという返事であった。それでも、信長を何とか説得するからと光秀は約束した。


「が、光秀の説得も聞かず、三好を遣わして攻めてきたというわけか」


「左様」


「この小さな宝ひとつのために、この大軍か?」


「信長とは、そういう男であろう」


「まあ、確かに。情の欠片もないからな。しかし、信長も元親も欲しがる宝か……」


 鬼羅は、箱をじっと見詰めた。


 名だたる武将が欲しがるぐらいだから、相当な宝が入っているのだろう。


 こいつは、ちょっと厄介な仕事になりそうだ。


「それでおたくらは、この小さな宝のために、村人総出で戦っているのか?」


「悪いか?」


「悪くはないが、しかし、なんだ、村人の命とお宝とどっちが大事なんだ? この宝と交換に、信長にでも元親にでも領土を安堵してもらったほうがいいんじゃねぇのか?」


「宝じゃ」


 邦盛はあっさりと云った。


 信じられんねと鬼羅は首を振った。

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