Ⅰ-6 宝箱……
屋敷に辿り着いた鬼羅は、村人の大歓声で迎えられた。
男たちは、
「援軍が来たぞ! 踏ん張れ!」
と気合を入れなおし、前線に向かった。
女子どもは仕事の手を休めて、熱い眼差しで鬼羅を出迎えた。
鬼羅に手をあわせ、涙を流して喜ぶ老人までいた。
さすがに、「援軍ではない」とは云えない。だが、英雄のように扱われて、いささか気分が良い。
屋敷の中に入ると、空気が一変した。
薄暗い大広間には、冷たい緊張感が漂っている。
鎧を身に着けた男たちが、左右に五人ずつ座している。
上座には、苦み走った中年男が座っていた。戦疲れか、頬は扱け、顔は青白い。全体的に、何か覚悟を決めたような悲壮感が漂っていたが、目だけは希望を託すような異様な輝きを以って、鬼羅を見詰めていた。
鬼羅は、居た堪れなさを感じながらも、促されて冷たい床に胡坐を掻いた。
「遠路遥々、ようお越しなさった、忝い」
中年男が頭を下げた。
他の男たちも頭を下げた。
儀礼的な場所が大嫌いなので、鬼羅は挨拶も抜きに云った。
「なんじゃこれは? 戦の最中だとは聞いてねぇぞ」
「左様か?」
男は惚けてみせた。
「あのな、危うく殺されそうになったんだぞ」
「じゃが、生きておる。さすがは百地三太夫(さんだゆう)殿じゃ」
「喧しい! その名前で呼ぶな。俺は鬼羅だ!」
鬼羅は仏頂面で云った。
「危険を冒してここまで来たんだ、報酬はたっぷりと貰うからな」
「さて、早速依頼の件じゃが……」
「って、おい、人の話を聞け!」
と突っ込んだ。
中年男は、鬼羅を無視して話し出した。
「ワシは、阿佐邦盛(あさ・くにもり)と申す。阿佐家の当主じゃ。この者はみな阿佐一族じゃ」
男たちは、鬼羅に頭を下げることもせず、値踏みをするように彼を見詰めている。
「このたびの依頼じゃが、ある物をある人に届けて貰いたいのじゃ」
「それは聞いた。で、そのある物とは?」
「こちらに」
隣の部屋から、年若い男と女が入ってきた。
女は箱を持っている。
彼女は、鬼羅の前に箱を置くと、視線を合わせることもなく、邦盛の左隣に座った。
少年を鯨丸(いさまる)、少女を由良(ゆら)といった。邦盛の子であると紹介された。二人とも美男、美女である。
鬼羅は、鯨丸・由良兄妹を不躾にもじっと眺めた。
鯨丸は、数えで17。まだ黒々した前髪がある。細面で、雪に晒したように真っ白な肌をしていた。きりりと上がった眉尻と涼しげな眼差しが邦盛によく似ており、男ぶりを上げている。都の娘もむしゃぶりつきたくなるような青年だ。
由良も美しい。年は数えの16。兄同様透き通るような肌をしている。顔立ちは、父親の邦盛とも、兄の鯨丸とも似ていない。長い睫の双眸は、驚いたようにパッチリと見開かれ、黒々とした瞳は星のように瞬いていた。桜の花びらのような口元が何とも艶やかで、ふっくらとした頬が愛らしい。母親似だろう。
母親も良い女に違いないと、鬼羅は見惚れてしまった。
「それが、我が一族の家宝じゃ」
我に返り、鬼羅は慌てて箱を見た。
縦5寸(約15センチ)、巾1尺(約30センチ)、高さ5寸ぐらいの黒漆の箱だ。顔が映り込むほど艶々と輝いている。箱の側面には波模様が描かれ、蓋には二匹の向かい合った揚羽蝶が螺鈿で施されていた。
「これを運ぶのか?」
「左様」
「中身は何だ?」
「それは教えられぬ」
「何ゆえ?」
「当主であるワシですら見ることを許されておらん。中を見れば、死ぬと云われておる」
「まさか、真っ白な煙が出てきて、年老いるってわけでもあるまい?」
「まあ、そのようなものかな」
邦盛は初めて笑った。
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