Ⅰ-4 逃げるが勝ち
反撃だ!
いや、今度こそ、〝逃げるが勝ち〟だ。
鬼羅は、枝に飛びつこうとした。
が、何者かに足を引っ張られた。
「な、なに?」
「捕マエタ!」
別の南蛮男が、鬼羅の右足を掴んでいる。
この男も南蛮甲冑を着込んでいる。あまりの巨漢に、鋼鉄の甲冑がいまにもはち切れそうだ。頬肉は、木の実を溜め込んだ栗鼠の頬袋のようにパンパンに張っている。目は小さく、まるで子犬のように愛らしい。
だが、握力は強い。
足首が千切れそうだ。
「ルイス兄チャン、捕マエタヨ」
でっかい南蛮男は、まるで小鳥でも捕まえたように、キャッキャッと喜んでいる。
「デカシタゾ、フェルナンド」
どうやら二人は兄弟のようだ。
ルイスと呼ばれた兄は、後頭部を摩りながら立ち上がった。
「ルイス兄チャン、コレ、食ベテ良イ?」
フェルナンドは、涎を垂らして鬼羅を見た。
「オ前ノ好キニシロ、フェルナンド」
「ジャア、イタダキマス」
フェルナンドは、鬼羅の足をぐいっと引っ張る。
「くっ、冗談じゃねえぞ」
鬼羅は、食べられてなるものかと、フェルナンドの顔を思いっきり踏んづけた。
「ギャァァァァ!」
まるで赤子のような叫び声だ。
その拍子に、手が放れた。
鬼羅は飛び上がる。
「待テ! ヨクモ、フェルナンドヲ」
ルイスが追いかけてくる。
「ひとりも逃すな!」
三好の侍たちも追いかけてくる。
「お前らと遊んでいる暇はないんだよ」
鬼羅は懐から煙玉を取り出し、地面に叩きつける。
――ボン!
大きな破裂音とともに、真っ白な煙がモウモウと立ち上がった。
「何ダコレハ!」
立ち込める煙の向こう側で、ルイスの怒号とフェルナンドの泣き声、そして三好兵の咳き込む声が響き渡る。
鬼羅は、その間に枝から枝へと逃げた。
後ろを振り返る。
霞がかかったように真っ白だ。
誰も追いかけてこない。
「助かったか」
鬼羅は安堵の溜息を吐いた。
「それにしても、あいつら何者だ?」
三好の侍は分かる。
だが、なぜこんな辺鄙な山奥に南蛮人がいるのか理解できない。
しかも、南蛮の武士だ。
兄の身のこなしといい、弟の腕力といい、相当できるようだ。
弟に掴まれた足首は、まだ痛い。
鬼羅は、不安に苛まれながらも、目的の屋敷へと急いだ。
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